変わることのない世界で

小さな物語の断片
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僕の明日を照らして
今回読んだ本;僕の明日を照らして 瀬尾 まいこ


やさしいことと、やさしくすることは、違う。優ちゃんは、ときどきキレて、僕を殴る。でも僕は優ちゃんを失いたくないんだ。隼太の闘いの日々が始まる。

隼太は明るい明日を見つけることが出来るのか。思わず応援したくなる、隼太の目覚めと成長の物語。


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at home
今回読んだ本;at home 本多 孝好

そこは人がほんとうに帰るべき場所なのだろうか?ふぞろいで歪つな4つの家族とそこに生きる人々。涙と冷酷と波乱を存分にたたえたエンタテインメント小説。

at home
日曜日のヤドカリ
リバイバル
共犯者たち




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涼しい夏をのぞんでいたが、そうは、問屋がおろさない。
部屋の中に置いてある温度計は36度を僅かながらも越えていて、嫌になりながらも扇風機にかじりつくようにしていた。
なんでこの時期に冷房が壊れるんだ、とついてないにも程がある、と呪いたくなる。

「あの部屋で寝るとか地獄でしかないだろ、どう考えても」
「だからってなんでうちに来るのか分からないんだけど。倫也のとこ行けばいいでしょ」
「『一週間彼女来るけど、それでも良いならいいけど?』と笑顔で言われ諦めました」

呆れたように、それでも決して追い返さないことを知っているからこそ来たのだけれど茉莉香も無防備だと思う。彼氏でもない男、それも自分に好意を寄せている男を上げるなんて。
まあ、何かする気はないからいいんだけどさ。今のところは、なんて暑さで相当参ってるな、思考回路が。
大学最後の夏、好きな子と一緒に過ごすには好都合の理由が出来たとは思う。勿論、本当に暑くて我慢ならないっていうのもあるけれどそれでも恋する若者としては自由に過ごせる時間を満喫したいわけだよ。来年はどうなるか分からないわけだし。

「さっさと直しなよ。今度は冬に死ぬよ?」
「来週修理が来てくれるから大丈夫。本当は俺が来てくれて嬉しいくせに」
「そうだね、料理できる人間が来てくれて助かりはするねー」

くすりと笑うその笑顔にとことん弱い、惚れた弱みってやつだとは分かってるけどもうどうしようもない、絆されてしまう。自分勝手で気ままな猫のような奴だけど、離れられない。ああ、重症ってか重病?

「マリ、最近どーよ?」
「何、それ。別に普通だけど」
「男、連れ込んでねぇ?」
「誰を連れ込むの、誰を。うちに押しかけるのなんてあんたか佐中ぐらいだし。んで、手土産は?」

本当にちゃっかりしてる。黙って買ってきたプリンを差し出す俺も俺だと思うけどそれはもうそれだ。他の男に渡したくなくて足繁く通う俺は通い妻さながらだ、彼女ですらねーけど。振られた女のもとに通い続ける自分ってのはなんだか虚しいものがあるけれど、譲れないもんってのもあって。まあ、だからこそこうして今ここに真っ先に来ているのだけれど。

『真人のことは好きだけど、今はそういう気分になれない』

あの時の衝撃と言ったら半端なかった、今だって何だそれはと叫べる自信がある。けど、その『好き』という言葉に甘んじてる俺も男としてどうなのよとは思う。今のままでいいのかと聞かれれば答えはNOだが、今の関係を崩したくないのも事実で。情けない、俺。

「しかし、本当に涼しい。俺は幸せだ」
「ふーん。涼しいから、だけ?」

……え?

思わず茉莉香を見れば唇に温かい感触。え?

「せっかく持ってきてくれたことだし、プリン食べようか」
「え、ちょ、茉莉香さん」
「真人が私の満足する言葉をくれることを期待してるよー」

笑う茉莉香に体が火照るのがわかる。あれ、俺涼みに来たはずなんだけどな。
幸せな気分で涼しく過ごそうと思ったけれど、その予定は最初から崩された。
慌ててキッチンに消えた茉莉香のもとへ行き、もう何も考えられず思うがまま言葉を口にした。

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契約破棄 E

病室を後にすることを許されたのはあの一戦を交えてから、優に一ヶ月ほど経った頃だった。すぐ無茶をするtから、との理由で少し傷が癒えた程度での退室はリュシカが許してはくれず、 完治するまで――とは言っても傷痕はある程度残るのだが――いることを命じられた。

「大分治ってきたようだけど無茶は禁物よ」
「はい」

お世話になりました、そう頭を下げて礼を述べるも、リュシカはニコニコとジェスカを見るだけで何も言ってこない。しかし何か言いたいことがあるのは明白で、その手はジェスカの腕を掴んで離さない。

「リュシカ様?」
「そろそろいいんじゃない?覚悟を決めなさい。生きる覚悟、それと受け入れる覚悟。言いたい奴には言わせておけばいいわ。所詮ただの僻みだもの」

リュシカが何のことを言っているのか分からないほど馬鹿ではなく、“覚悟を決める”それはいつだって迫られていたことで、だからこそジェスカは一番楽な“死ぬ覚悟”をしてきた。誰にも委ねることなく、誰かに頼ることなく、一人で覚悟が出来た。リスクを負わずに賭けに出ずに、裏切られる恐怖を覚えずに覚悟を決められる。生きる覚悟はなんとか出来そうなものの、、受け入れる覚悟はそうもいかない。自分の出生も分からず、自分が何者なのか図りかねていたジェスカにしてみれば重すぎるものでしかなかった。リスクが大きすぎた。だからこそ。リュシカが何を言わんとしているのかは痛すぎるほど分かっていた。
何を受け入れろと言いたいのか、嫌と言うほど理解できてしまい閉口するしかない。受け入れる、何を、ザクトの好意を、だ。

「まだ体裁とか、自分なんかとか思ってるの?体裁は貴女を守ってはくれないし、ましてや、ザクト様がそれを望むはずもないわ。自分に嘘を吐き続けて、気づかない振りを続けて何になるの?」

鋭く容赦ない言葉はそれ故にジェスカに逃げ場を与えず急速に追い詰めていく。ジェスカが自分の生い立ちを気にしていて、それ故にいつもザクトの言葉をあしらっている事をリュシカは知っていた。
どこの誰かもはっきりしない人間を第一王子が近くに置くべきではない、と。自分のせいでザクトの品位や地位が脅かされるのが嫌だったし、相応しくないと思っていた。いつかきっと邪魔になる、そう信じて疑わずにいる。ジェスカ自身、ザクトに惹かれていることには随分前から気づいていた。けれど、それを認めてしまうのが怖くてずっと見てみぬ振りを続けていたのは事実で。

「でも」
「どうなるか、何てなってみなきゃ分からない。そうでしょう?」
「……はい」
「なら、進んでみなさい決して悪いことばかりじゃないでしょうから」
「……は、い。リュシカ様は、ギア様と一緒になって後悔してませんか?」

ジェスカからの思わぬ問いにリュシカは少し驚いた後、柔らかく笑ってみせた。

「後悔しなかったわけじゃないわ。けど、良かったと思えることの方が断然多いから、今はもう後悔しないようにしてるの」

そう言って病室を後にしたリュシカの後姿を見送り、ジェスカは目を閉じて大きく息を吐いた。





「ジェスカっ、もう大丈夫なの?」
「ユミル様。はい、お蔭様で。ご心配おかけしました」

荷物をある程度運び終わり、手続きを済ませた帰り病室まで駆けつけて来てくれたらしいユミルとばったりと出くわした。表情がころころ変わるユミルに心配してくれたんだな、と嬉しくなる。

「本当に治って良かったわ。痕は残ってしまうけれど。ねぇ、ジェスカ」
「何でしょう?」
「何かいいことあった?」
「え?」
「凄くいい表情してるわ。何か、すっきりした顔してるもの」
「そうですか?」

ジェスカが聞くとユミルはすぐさま頷いた。
リュシカに言われてあの後一人で散々考えた。自分がどうしたいのか、何をすべきなのか。答えなんて出はしなかったが、それでもジェシカなりに考えて答えを導き出したのだ。逃げないで向かい合うのなら。

「お兄様にも顔見せてあげてね。凄く心配してたから」
「分かりました」






「ジェスカ」
「ザクトさ……っ」

ジェスカが自室へ戻ると部屋の前に何故かザクトがおり、目が合うなり抱き締められた。この前は普通に接してたのに、と思わずにはいられないほど力強く。息苦しさを感じるが、その苦しさが単に息苦しいだけなのか、それとも感情が揺れているのかは分からない。

「ザ、クト様っ、くるし……」
「あ、ああ、悪い。……治ってよかった」
「ご迷惑おかけしました。明後日からは復帰できると思います」
「ジェスカ、少しいいか?」
「……何でしょう」

ザクトに真っ直ぐに見つめられ、手を取られ反論らしい反論が出来ぬままジェスカはそのままザクトにつれられて一室へと足を踏み込んだ。そこがどこか知らないはずもなく、最初は躊躇ったものの、押されて仕方なくと言った形で部屋へと入る。ジェスカの部屋とは何から何まで違うそこは間違いなくザクトの私室で本来ならば、王族と一部の近衛騎士、リュシカしか立ち入りを許されない場所だった。

「ザクト様?」
「目を覚まさないお前を見て、気が狂うかと思った。ボロボロになったお前を見て、それでもお前は俺が王子だから、とか自分がメイドだからとかで守らせてはくれない。失うことが酷く怖くなった。いや、いつだって怖かった」

いつになく真剣で真っ直ぐな、けれどどこか切なさとか苦しさの漂う瞳にジェスカは何も言えずただ黙って聞いているしか出来ない。何から言えばいいのか、何を言えばいいのか。今までなら当然です、だとかそれが役目で立場だとか言えたのに、いざ覚悟を決め決意すると上手く言葉になってはくれない。

「卑怯でも構わない。俺の、俺の側にいろ。それがお前の役目なら」

ザクトの表情を見た瞬間、この人も自分と同じ苦悩を感じているのかとどこか親近感がわいた。守りたいのに守れない、立場だとか体裁だとか。確かに大きい、けれど些細なことにすぎないのだと。

「俺の我儘だ。ジェスカにとって俺がただの主で一国の王子にすぎなくても――「いえ」

ザクトの悲痛な、苦悩している顔をこれ以上見ていたくなくてジェスカは話を遮るように声を絞り出した。かなりの勇気とそして時間を費やしたが、それでも漸くここまで来てやっとジェスカは自分の本心を口にした。

「私にとって貴方はたったひとりの大切なお方です」
「ジェス、カ」
「王、ザッシュ様に引き取っていただき、私はその時契約を交わしたんです」
「契約?」
「ええ」

暗部に配属されることが決まったその日に交わした密約じみた契約はそれが破られるその日まで他言無用だと交わしたものだった。深呼吸をしてジェスカは続きを話した。

「暗部に配属されることが決まったその日、五つの約束をしました。一つ、素性を決して明かさず国と共にあること。これはまあ当然なんですけど。一つ、王宮外に出る時は言伝をし、また所轄外の場へは何があっても立ち入らないこと。一つ、名をジェスカ=エミリアとし、決して本名を口にしないこと。一つ、任務を最優先し、また機密事項に関しては任務完了次第記憶から抹消すること。そして、一つ。王族に無闇に近づかず特別な感情を抱かないこと」
「な、に」
「契約だったんです。契約を破ったことになりますね。いや、自ら破ったことになるんでしょうけど」

いつもは立場だとか、規律だとか、約束だとかを重視するジェスカが妙に清々しく言うものだから、ザクトは中々口を挟めず先ほどのジェスカのようにただ続きを待った。

「ザクト様。私は自分の出生をよく知りません。契約違反でもしメイドでなくなったとしても、お側に置いて下さいますか?」
「ジェスカ、それは」
「リュシカ様に怒られました。逃げるな、と。……ザクト様を、お慕いしております」





2年後、王位継承式が執り行われ、王位を継いだザクトの隣には皇室入りしたジェスカが並んでいた――。






主従関係で主の片思い5題
「私の側にいろ。それがお前の役目なら。
「貴方はたったひとりの大切なお方です

 確かに恋だった様より拝借
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契約破棄 D
パーティーも終わり、ゼストたちが帰る時となった。それまでの間、ジェスカは他のメイドたちから質問攻めにあい、それを難なくやり過ごすのに大変ではあったのだが。

「お気をつけて。またいつでもいらして下さい。ユミルも、お会いしたがるでしょうし」
「ええ。また訪れさせて頂きます。是非わが国にも、交渉だけでなく遊びにいらして下さい」
「是非」

とても穏やかな別れに見えるものの、実際はそう穏やかでいられなかった。と言うのも、昨日、不穏な噂が舞い込んできたからだ。両国の協定を快く思っていない者たちが腕の立つ殺し屋を雇った、と言うものだ。それにより厳戒態勢が引かれ、警備が厳重になっていて物々しい雰囲気は隠せない。

「ジェスカ」
「何?」
「気をつけろよ。死ぬ覚悟なんてもんは決めるな」
「ありがとう、覚えておくよ」

分かった、とは言わず覚えておくとだけ告げたジェスカにシュマはとても複雑な顔をしたがジェスカは笑って誤魔化した。生きる覚悟は出来ないくせに、死ぬ覚悟だけはいつだって出来ていた。孤児院にいる時も、暗部に入ってからは尚更。誰かを守って死ねるのならそれだけで十分だとさえ思っていたのに、シュマとゼストは何時だって心配してくれてたし、ザッシュに限っては暗部として護衛として雇ったくせに死ぬなとまで言うので生きる覚悟が必要なのかと思えてくる。結局、その覚悟は出来ないままなのだが。

「ねえ、ジェスカ」
「何でしょうか」
「ゼスト様の子供の頃の話、聞かせてくださらないかしら」

見送った後に少し照れくさそうに言うユミルに微笑ましいな、と思いながら頷いた。後で部屋に行く、といい一旦その場を後にした。




ユミルの部屋へ向かう前だった突如外が騒がしくなり警報が鳴り響いたのは。

「賊が五人、今確認されてるわ。ジェスカ、出れる?」
「リュシカ様。はい。ザッシュ様たちは」
「ザッシュ様にはギアとチェンたちが着いていて、ザクト様には今のところユタのみ、ユミル様にはフェスとウォンが着いてて、他の方々にも五人ほどついているし、今のところご無事よ。ジェスカは私と共にザクト様のところへ向かって貰います」
「分かりました。他の者たちは」
「メイドたちは待機、他の者もそれぞれの持ち場へ向かっています。現在負傷者は十名。相当な手練のようだけど、所詮は雇われただけの賊。生死は問いません」
「――了解」

普段とは違う格好のリュシカに事を即座に理解し、ジェスカも手馴れた動作でメイド服を脱ぎ暗部の時に愛用していたそれに着替える。数分と掛からず準備を終えたジェスカにリュシカは武具を手渡すとザクトの部屋まで走り出す。ジェスカもそれに遅れずに続く。

「リュシカ様ッ」
「くっ……ジェスカ、大丈夫?」

向かう途中、飛んできた短剣を寸でで避け、現れた敵に刃を向ける。ジェスカより背が高く体格からして間違いなく男だろう。それでも同等かそれ以上の力でジェスカはその男とやりあっていた。

「ここは私が喰い止めますから、ザクト様のところへ」
「……っ。分かった、何とか持ちこたえるのよ」

リュシカにザクトを任せ、ジェスカは再度敵と向かい合った。深くマスクをしていて全体の顔は掴めないが十分すぎるほどの特徴を持った瞳とぶつかった。グレーと言うより白に近い両の瞳に少しだけ顔を覗かせている裂傷。

「白の嵐<ホワイトストーム>……」
「俺も随分と有名になったもんだな」

稀代の暗殺者。過去、多くの要人たちを闇へ葬りまた、数々の秘密をも暴いてきたと言う伝説とまで言われる暗殺者。その両の白い瞳とその仕事の後は嵐が去ったように屍が散っていることから付けられた名前が白の嵐<ホワイトストーム>だ。ジェスカを前に口元を歪めると楽しむように刃を交えてきた。咄嗟にジェスカもそれに応じる。投げ技を使われるより、こうして実際に刃を交えている方が足止めには丁度良かった。

「……もしかしてお前、ラーク、か」
「そんな風に呼ぶ輩もいたな」

ラーク、と暗部時代つけられた名前を久々に聞きジェスカは思わず顔を顰めた。暗部時代にあまり良い思い出はない。それに何故か高笑いする相手にジェスカは更に身構えた。饒舌で派手な奴だな、と舌打ちしたくなるのを押さえ、ただ相手の出方を伺う。
しかし、ジェスカは知らない。ラークという名前がどれだけ有名なのかを。どれほど脅威となっていたのかを。

「面白い、本気で遊んでやるよ」






「リュシカ。賊4名、始末は完了した。1名は生存。他3名は死亡、1人は自害だ。今はもう一人の探索に全力をあげている」
「分かったわ。ザクト様、ザクト様も安全な場所へ」
「……ああ」
「申し上げにくいのですが、賊はどれも相当な手練のようで、今現在吐かせておりますが残っている一人が一番危険かと」
「どういうことだ?」
「賊の話によりますと、ホワイトストームが雇われていた、と。しかしながら捕らえた賊の中に白い目を持つ者はいませんでした」

近衛騎士団団長であるギアの報告にザクトは眉根を寄せ、リュシカは慌ててギアを見た。

「ジェスカの無事は確認されたの?」
「それはまだ。今、そちらも探している」
「リュシカ、どういうことだ」

リュシカの言葉に険しい顔をしたザクトに、リュシカは青ざめた顔でぽつりと呟いた。ジェスカが一人で相手しているのがホワイトストームかもしれない、と。





「はっ、良い眺めだな」
「良く喋る口だ。とても暗殺者とは思えない」
「そんなの勝手なイメージにすぎない。違うか?」
「それに、お前が無傷だとは思えぬがな」

あちこちに傷を作り、所々服は破れている中未だ戦い続けるジェスカの前の男もまた、あちこちに傷があり血が床に所々落ちている。けれど体格差、実力差は明らかで現役を退いてから数年でこんなにも鈍るものかと奥歯をかみ締めた。正直なところ、ジェスカの限界は近かった。血を流しすぎた、と気力で立っているのがやっとでこうして口を開いていることで精一杯だった。

「俺相手によくやったと思う。けど、俺も限界があるのでそろそろ終わらせて貰うぞ」
「っ」

これで最後か。皆は無事だろうか、と真っ直ぐに相手を見つめ思う。それでも視界は揺れ、上手く焦点が定まらない。
剣が弾かれ、迫り来る刃に覚悟を決める。

「ジェスカ!」
「ぐぁっ」

痛みと死を覚悟した次の瞬間、目の前にあったのは心臓を一突きし、引き抜いているザクトの姿だった。その手は相手の剣を握っており血が滴り落ちている。聞こえてきた鈍い声がホワイトストームの物だと理解するのに時間が掛かり、現状を理解するのにも更に時間が掛かった。

「ザクト様ッ。どうして、何をッ」
「俺は大丈夫だ」
「無茶をなさってっ。ギア、ザクト様の手当てを至急。私とノールはジェスカを運び、治療をします」

手際よく手配するリュシカに私は大丈夫です、と立ち上がろうとしたところでジェスカは意識を失った。






「ジェスカ」
「……リュシカ様。私は。っ、ザクト様はッ」
「落ち着きなさい。貴女はあの後すぐ意識を失ったの。出血が酷かったし、危なかったのよ?ザクト様は手の怪我だけで幸い元気よ。そろそろ生きる覚悟を決めたら?」

孤児院からザッシュが引き取ったジェスカを指導し、面倒を見たのはリュシカだった。飲み込みが早かったのでそれほど苦労はしなかったが、礼儀作法やルール、何より王城に慣れさせるのには多少なりとも苦労した。だからこそ、暗部に入ってからジェスカが死ぬ覚悟をしていることを知っている。それゆえの重みが言葉にあった。

「リュシカ様」
「大事なことよ。……ほら、来客が来たわ」
「ジェスカッ」

小さな子に諭すように言うリュシカを困った顔で見ているジェスカの葛藤をよそに病室に飛び込んできたのはやはりと言うべきか、ザクトだった。手には痛々しく包帯が巻かれているものの、ジェスカのそれに比べればたいしたことはなく。

「ザクト様」
「大丈夫なのか?生きてて、良かった……っ」
「私なんかより、ザクト様のお怪我の方が」
「俺は大丈夫だ。余計な心配をかけた、忘れてくれ。俺よりもジェスカの方が全然重症じゃないか」

そっと労わるように優しくジェスカの肩に手を置くザクトにジェスカは苦しくなって思わず目を背けた。いつの間にかリュシカはいず、室内はザクトとジェスカの二人きりになっていた。勿論、外に護衛はいるのだろうが、それでも今この空気はジェスカには重く泣き出しそうになる。

「どうして、どうして私を庇うような真似をっ、どうしてあんな無茶をなさるのですか……ッ」

悲痛な叫びにザクトはその頭を抱き寄せ、傷に差し支えない程度に優しく背中を叩いた。ザクトにとっては手の傷などどうでもよく、ただジェスカのことだけが心配で勝手に体が動いていたに他ならないのだから何もいえない。ただ。

「ただお前を守りたかった。お前は守りたい、と言うだろうけど俺だって守りたいんだ。だから、どうか命に代えてでも守る、なんて考えないでくれ。気が狂いそうになる」

あまりにも寂しそうに笑うものだからジェスカは小さく頷いてしまった。これが生きる覚悟、と言うものか。何て重く、そして何て嬉しいものなのだろうと。それはジェスカにとってまったく新しい感覚であり、感情だった。今まで生きる覚悟を放棄すると同時に色々なことから逃げていたように思えるほど。だから、このときばかりは素直に言えた、誓えた。

「ユミルも心配してる。呼んでこよう」
「ザクト様」
「どうした?」
「ありがとうございます」

貴方を生きて守り抜いて見せます。最後は言葉にせず、ただ今までにないほど柔らかい笑みで礼を述べるジェスカにザクトは不思議そうに名を呼ばれるまで動くことが出来なかった。





主従関係で主の片思い5題
「余計な心配をかけたな。忘れてくれ。
「どうしてこんな無茶をなさるのですか

 確かに恋だった様より拝借
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契約破棄 C
隣国ストナの王であるゼノンが第一王子で王位継承者のゼスト、そして王子つきの護衛であるシュマを連れて王室を訪れたのは昼過ぎのことだった。謁見、会議が終わりゼストとシュマの案内を任されたのはジェスカだった。本来はザクトとユミルが案内するはずだったのだが、ユミルに急な謁見が入ってしまった為ジェスカが借り出されたわけだ。だからこそ、思いもしない事態が起きたわけだが。

「お二人は俺と彼女で案内させていただきます。生憎ユミルが出て来れなかったもので」

歳が近いせいか、ザクトとゼストの関係は良好で、言葉もある程度のフランクさがある。ジェスカは二人のやり取りを聞きながら柱から身を出した。

「ジェスカ=エミリアと申します。本日はよろしく――」

腰を折り、頭を上げたところでジェスカの動きが止まった。その目はゼストとシュマへ向いており、丸く見開かれている。

「……ゼス?それに、シュマ……?」
「ジェスカ?」
「え、本当にジェスカ?」

三人が顔を見合わせている中、ザクトはわけが分からずただ成り行きを見ているだけしか出来ずにいた。次に口を開いたのはゼストだった。

「いや、まさかこんなとこで会うとは……何年ぶりだ?」
「16年、か……ですね」
「敬語ヤダ。迎賓命令?」
「……久しぶり。名前見た時まさかとは思ったけど、ほんとに“王子”だったんだ」
「お前失礼な奴だな……」
「ってかジェスカ暗部配属とか言ってなかったっけ?辞めたの?」
「王の計らいで、ね。シュマとは12年ぶりくらい?あのまんまでかくなった?」
「お前なぁ……。っと、ゼスト。ザクト様に説明した方がいいんじゃねぇの?」
「……シュマ、俺一応お前の主なんだけど。まあいいや。彼女が孤児院出なのはご存知で?」

話の展開についていけずにただ見ているだけのザクトに気づいたのシュマで、シュマはおよそ主に対する言葉とは思えない言葉でゼストに説明するよう促す。それを咎めるでもなく、ただ呆れた声で嗜めるとゼストはザクトへと向き直った。頷いたザクトを見て話を進める。

「俺が生まれた時、国は戦争のせいか酷く荒れていましてね。命が危ぶまれたのか、俺は孤児院に預けられました。その時会ったのがジェスカとシュマです。俺は11になる前に反乱も落ち着いてきたのか迎えが来て。ジェスカとシュマは確か13までそこにいて、その後は知っての通りです」
「昔なじみ、幼馴染なんですよ。俺たち」
「2歳になる前に親を亡くしているので家族に近いものです」

ゼスト、シュマ、そしてジェスカに口々に言われ、ザクトは何とも言えない気持ちで納得した。楽しそうな、嬉しそうなそんな見たこともないようなジェスカの表情に感情を酷く乱されていることは間違いない。

「しっかし、泣き虫のジェスカが暗部入りってのも相当な衝撃だったけど今度はメイド?どういう風の吹き回し?」
「シュマ、うるさい。そもそもシュマだってゼスの護衛?ゼスにだけは絶対従わない、とか馬鹿なこと言ってたの誰だっけ」
「間違いなくこの馬鹿だ」
「いつの話だよ!ってかゼストもなんだ、馬鹿って。ザクト王子、こいつきちんと“メイド”してるんですか?物壊したり、夜中に怖いからって夜這いかけられたりしてません?」
「ゼス、この馬鹿解雇しちゃっていいんじゃない?」
「んー、そんな馬鹿でも一応強い方だし、何よりこき使えるし」
「え、そんな理由?っと、ところでザクト王子、今日はユミル王女は一緒では」
「あ、ああ。ユミルはすぐ来るかと。婚礼の儀も兼ねてますからね」
「婚礼の儀……?まさか、ユミル様のお相手、って」
「俺だ」

表情をころころ変えるジェスカに目を奪われている時にいきなり話を振られ、ザクトは焦るもなんなく答えた。滅多に見られないジェスカの表情と雰囲気に歯痒い思いと悔しさに似た感情が沸きあがってきてそれを抑えるのに必死だった。

「……ここになりますね。こちらがシュマ殿のお部屋になります。ゼスト王子には少し離れてはおりますが、ユミルの部屋の近くに部屋を用意しておりますので。何か不自由があればお申し付け下さい」
「ありがとうございます。じゃあ後はジェスカよろしく」
「は?……分かりました。ザクト様、ゼスト王子をよろしくお願いします」





「ザクト王子はジェスカのこと、好きなんですか?」
「そう見えましたか?」

ゼストを部屋に案内している途中、唐突に聞かれ微笑みで返すもその様子にはいつもの余裕は見受けられない。言い逃れを許さない目で真っ直ぐ見てくるゼストにザクトは苦笑混じりに問いに肯定の意を示した。

「彼も、好きなんですか?ジェスカのこと」
「なんでそう思います?」
「勘と、後は時折俺を見る目がとても鋭いものでしたから」
「あいつ……すみません。悪気はないと思います、多分」

何度か会ったことがある程度だったが、ザクトはゼストといる時の空気が嫌いではなかった。責任感があり、地に足がしっかりとついている。ユミルの相手としても、ストナの次期国王としても大丈夫だろうと思わせる雰囲気がゼストからは感じられた。それはゼストも同じようで、ゼストの立場抜きにしてもザクトは好感が持てる相手だった。芯のある強さと人として信頼の置ける器。ジェスカがロージスに引き取られたと聞いた時から心配ではあったが大丈夫だ、と思わせる部分がザクトにはあった。

「いえ。正直、羨ましいですよ。あれだけ感情を表に出して貰えると言うのは。俺は避けられていますから」
「避ける?ジェスカが?」
「ええ。この前なんか立場を考えてくれ、と困らせてしまいましたよ」

ザクトの受け答えにゼストは意味ありげに微笑んでそうですか、と呟くと言及を許さない表情と声音で告げた。

「今晩、テラスにてお話があるのですがよろしいですか?」
「テラス、ですか?」
「ええ。式典の途中に少し生き抜きも兼ねて。どうでしょう?」
「構いませんよ。何時ごろ?」
「では私たちの挨拶が終わってから半刻ほど後で如何でしょう?」
「分かりました。では後ほど」




「シュマ?」
「ほんと、鈍いっつーか、こう言うとこで無防備なの変わんねぇのな」

案内した部屋の中で目の前にシュマ、後ろに壁と言う状況下でジェスカはただ不思議そうに訊ねた。シュマは呆れた声音で言うと近かった距離を更に縮める。分かっていてなのか、本当に分かっていないのか、ジェスカの表情はあまり変わらない。

「その無表情、暗部時代に培ったのか?……ジェスカ、俺のもんになれよ」
「冗談、にしては性質が悪いね」
「冗談のつもりはないし、ザクト王子に渡す気もない。例えお前があっちを好きでも、な」

段々近づいていく距離とシュマの言葉にジェスカはらしくもなくパニックに陥りかけていた。シュマの告白に、ザクトに対するジェスカの気持ちを見透かされていると言う事実。もうすぐ距離はゼロ――その瞬間、扉の開く音がし、更にその音によって完全にパニックに陥ったジェスカの拳が綺麗にシュマの腹部に決まった。

「…………あんまり心配要らなかった、か?」
「ゼ、ゼ、ゼスっ」
「全く。強引に行こうとするからいけないんだって。元国の精鋭部隊――暗部に属してたんだから保身くらい出来るに決まってるのに」

ジェスカの背中を叩き、落ち着かせながら勝手に部屋に入ってきたゼストは酷く呆れた目で痛みに蹲っているシュマを一瞥した。

「ジェスカ、今日話があるんだけど式典中テラスに出てこれる?」
「え?大丈夫だと思うけど、いつ?ってか主賓がいいわけ?」
「生き抜きも必要だろ?俺たちの挨拶が終わって半刻したくらいかな」
「分かった」

蹲るシュマをその場に残して、ゼストはジェスカを連れて部屋を出て行った。




普段より着飾ったユミルとゼストが壇上に上がるとどこからともなく歓声が上がった。感嘆の声も上がり、それほどまでにユミルとゼストは美しく、またお似合いだった。普段のやんちゃさは鳴りを潜めていて、どこからどう見ても立派な淑女と紳士だった。挨拶が終わり、他国の上層部などと軽やかに言葉を交わしているところを見ていると別人のようだ。

「まるで別人みたいだな」
「本当に。でも少し寂しいかも。ユミル様、ゼスト王子に取られたみたいで」

壁際で待機しながら、ジェスカはシュマと本当に小さな声で話していた。それでも、誰かに万一聞かれても焦らないように、と呼び方だけは気をつけている。

「来ればいいんじゃねぇの?ストナ<うち>に。そうすれば俺も口説きやすいし?」
「そういうわけにも行かないでしょ」

溜め息交じりに返すジェスカの格好はいつものメイドの格好とは違い、いつものそれより上等な物だと一目で分かるものだった。と言うのも、今回はユミルの護衛も兼ねているからだった。ジェスカとリュシカ、それとあと数名、会場の護衛に当たっている。

「しかし、今日は随分綺麗にしてるんだな」
「場が場だから。っと、ごめん。一旦抜ける」
「ゼスト?」
「そ。一緒に出て行っても不自然だし」
「仕事はいいのか?」
「リュシカ様に言ってあるから」

ゼストの目論見に気づいているシュマは面白くなさそうにその後姿を見送った。本当なら着いていきたいが、ゼストの護衛としてそれは許されないし周りの信用を失いかねないので何とかその場に踏み止まる。ジェスカが見えなくなるとその視線を今度はゼストとザクトの方にやる。

「ザクト王子、この前言っていたあれ、是非お目にかかりたいのですが」
「あれ、ですか?」
「ええ」

突然のことゼストの言葉に身に覚えのないザクトは一瞬焦るも、ゼストの目線が出て行ったジェスカを追っているのに気づき気を利かせてくれているのだと瞬時に理解し、表情を和らげた。

「ああ、あれですか」
「あら、でもお兄様随分と大切になさってるからすぐには出せないんじゃなくて?」
「そうですね、お待ちしていただくことになりますがよろしいですか?宴もまだ始まったばかりですし、取りに行っている間ごゆるりとお楽しみ頂ければ」
「お心遣い感謝します。わざわざすみません、我儘言って」
「いえ。これから妹が迷惑をかけると思いますけどよろしくお願いします」
「酷いわ、お兄様ったら」
「では、また後ほど」

傍から聞いていれば違和感など感じない、それこそゼストの目論見を知るシュマとザクトをよく知るザッシュぐらいしか違和感を感じないだろうやり取りの後、ザクトは何の焦りも戸惑いも見せず優雅に会場を出て行った。リュシカには目で追うなと伝えている辺り、本気なことが伺える。その様子を見て内心舌打ちをし、自分の気分を紛らわすようにシュマは近くの水を口にした。





「ゼス、抜けられないのかな……」

中々来ないゼストにジェスカは退屈そうに手すりに体重を預ける。下を覗き込めば見事な庭園が広がっていて今更ながら自分の立場と言うものを思い知らされるようで目を瞑った。その時、人の気配を感じ振り返ると丁度テラスに出てくるザクトの姿があった。

「ジェスカ」
「……どうして、ザクト様が?」
「ゼスト王子が気を利かせてくれた」
「ゼスの奴……」

小さく漏らしたジェスカにいつもと雰囲気が違うせいか、ザクトは我慢ならずその体を引き寄せた。それには流石のジェスカも驚いたらしく必死に離れようとする。しかし、ザクトの力は予想以上に強く中々離れてはくれない。

「ザクト様、このようなところ、誰かに見られたら……ッ」
「――俺の、俺の知らないジェスカばかりで怖くなった」

耳元で囁かれ脳にダイレクトに届く声に甘さを感じながら、必死でそれを振り払い何とか冷静さを保とうとするジェスカの心を知る由もなく、ザクトはそっとジェスカを離すと真っ直ぐに問いかける。

「ゼスト王子たちの前ではあんなに表情を変えるのに。お前にとって俺は単に『主』にすぎないのか?」

それは多分、すべての可能性を打ち消す問いかけであり、ジェスカに避けられていると信じて疑わないザクトにとっては最大の賭けでもあった。ここではっきりと拒絶の言葉を紡がれたならきっぱり諦めて他の縁談を受けようと決めていた。ザクトの何かしらの覚悟を悟ったのか、ジェスカは離されても逃げず、また逃げられずにいた。ザクトの問いかけに、ユミルに言われた言葉が頭の中で思い出される。

『自分に嘘だけは吐かないで』

だから慎重に言葉を選んで答える。

「ゼスとシュマは私にとっては王子である前に幼馴染です。一人の人間として出会い、幼馴染として長く過ごした後に王子となった。けど、貴方は。私にとって一人の人間である前に『主』なのです。『主』でなければいけないのです。『主』として見れなくなったらそれは私が仕事を失う、と言うことになります」
「仕事を失う?何故」
「それはご自分でお考え下さい。――失礼します」

言うだけ言うと、ジェスカは一言言い置き、テラスから出て行った。その意味を何となく理解するも、深い意味があるのかないのか計り兼ねてザクトは頭を悩ませた。
少しして、遅いザクトを探しに来たユミルに小言を言われるもザクトの頭には入って来ず、ひたすらその真意を探していた。




主従関係で主の片思い5題
「お前にとって私は単に「主」にすぎないのか?
「私にとって一人の人間である前に「主」なのです

 確かに恋だった様より拝借
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契約破棄 B
ジェスカは自分が何故ザクトに気に入られたのか、全くと言っていいほど身に覚えがなかった。ザクトに声を掛けられたのは3年前、丁度暗部を辞めメイドとして働くことになった最初の日だった。誰が自分のことを話したのか、とは言うものの思い当たる節がそう多くあるわけでもなく、ユミルから聞いてたのだろうと決め付けた。しかしながら、話でしか聞いたことのない女をそう簡単に信用していいのかと不安にもなったのだが。

「ジェスカ=エミリア、ってお前だよな」
「はい、そうですが。何か御用でしょうか?」

最初に声をかけられた時には誰だこの偉そうな奴、と思ったが声の主がザクトだと気づきジェスカは一瞬にして雰囲気を王族に対するものに変えた。警戒している張り詰めたものではなく、受け入れ態勢へ。

「話は聞いてる。俺は――」
「ザクト様、ですよね?存じ上げております」
「そうか。なら良いんだ。今日からよろしくな」
 「よろしくお願いいたします」

時期が時期なだけに第一王子であるザクトの噂は絶えなかった。信憑性のあるものからないものまで、明らかなでっち上げもあれば真相が不明なものも。実力があるのはそれまで兵士の命を犠牲に鍛えてきたからだ、だとかメイド全員手篭めにした、だとか、実は物凄く根暗だとか、シスコンだとか。どれも下らないものばかりだったが、一つ確かなのは次期国王であり、着任までそう遠くはない、と言うことだ。
ジェスカ自身、王やユミルからその実力は聞いていたし実際に見たことだってある。だからこそその実力が本物であることは知っていた。王としての器、技量があるかどうかが一番の心配事だったのでそれ以外のことはどうでもよかった。どうでもよくてもジェスカの場合、職業病とでも言おうか、情報に関しては抜け目なくどんなものでも集めてはいた。だからこそ、今回人懐こい笑みと共に声を掛けられたのもメイド云々の噂が事実だったのか、と思ったのだが。

「何かついてますか?」
「ああ、悪いな。別に」
「……ユミル様は私の事をどのように?」
「は?ユミル?」

てっきりユミルから聞いていたものとばかり思っていたのでジェスカにとってザクトの反応は予想外のものだった、と同様にザクトにとってもジェスカの発言は意外なものだった。

「ユミル様から私のことを聞かれたのでは?」
「ユミルは何も教えてくれなかったよ。俺に取られるから嫌だ、ってさ。父上から聞いた。“とても優秀だけどどこか一風変わった子が今度王室つきのメイドとして入る”、って」
「王が……」

どこか考えた風にしてるジェスカをザクトはまた興味深そうに眺めていた。それに気づかぬジェスカではないがあえて気づかないふりをする。王がわざわざそう告げるなど考えられない。

「ジェスカ」
「ザッシュ様。……それではザクト様、失礼させて頂きます」




「父上が誰かのことを楽しそうに話すなんて滅多にないからどんな奴か気になった。しかも、話を聞けば今度メイドになる女だって言う。あのユミルが気に入り、父上もが気に入っている女がどんな奴か気になった」
「それではさぞがっかりなさったでしょう」
「いや、正直面白い、って思ったよ。雰囲気がらりと変わるし、変えるし、媚びずに真っ直ぐ俺を見る」
「生意気だと」
「そうじゃない。だから惹かれたんだ。……ジェスカ、ずっと俺の隣にいてくれ」

ザクトの言葉はその瞳同様に真っ直ぐで逃げ場がない。それに怯むことなくジェスカもザクトを真っ直ぐに見つめ、何の裏もない言葉を口にする。それがザクトにとって嬉しいことだと言うことをジェスカは知らない。

「ザクト様がお呼びになられれば馳せ参じます。私は王室つきのメイドですから」

ザクトの言葉の真意をしっかりと悟りながらもジェスカは核心に触れるような返答はせず真意を思い切り無視して返した。それはジェスカの防衛策である。踏み込ませないための、心中を悟らせないための。心証を悪くする相手がたとえ王子であろうとそれは変わらない。

「そういうことを言ってるんじゃない、分かってるだろう。俺が欲しいのはそんな答えじゃない」
「私は給仕でザクト様は王子。ご自分の立場もですが、どうか私の立場もお考え下さい」

ザクトの言葉にジェスカは反論するも、その言い分はもっともだった。王子がメイドを皇室にしようとする、そんなことが明るみに出れば叩かれるのはザクトではなく間違いなくジェスカだ。取り入った、色仕掛け、脅したなどやっかまれるのは免れない。いくら平穏だとは言ってもザクトに憧れ、恋い慕う者も少なくない。口にはしないが、自分の身くらい自分でジェスカは守れる、けれど自分のせいでザクトが悪く言われるのは我慢ならなかった。

「俺が王子を辞める、って言ったらどうするんだ」
「敬遠します。ザクト様はそんな無責任な方ではありません。ご自身の立場をしっかり理解なさっていて、責任感も強く、人への配慮が出来る方だと存じておりますしそのような方だからこそお仕え出来るのですから」
「……ジェスカはずるいな」

ザクトの痛切な呟きにジェスカは答えずただ曖昧に微笑んで見せた。ずるい言い回しを使っていることはジェスカ自体分かっているし、分かった上で尚も使っているのだ。ずるいと言われても仕方がない。

「ザクト様。5日後のパーティー、お忘れになりませぬようお願いいたします」
「ああ、分かってるよ。引き止めて悪かった。おやすみ」
「おやすみなさいませ」

それ以上の言及は無駄だと思ったのだろう、ザクトはそっとその頭を撫でると颯爽とその場を去った。残されたジェスカは空に浮かぶ朧月を見ながら辛そうに拳を強く握り締めた。




主従関係で主の片思い5題
「私が欲しいのはそんな答えではない。
「どうか私の立場もお考えください

 確かに恋だった様より拝借
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契約破棄 A
 隣国との平和協定が結ばれてから日は浅いものの、国は平和だった。無駄な争いも諍いも、何かを失うことに対する憂いや恐怖もなくなり胸を撫で下ろし、安心 して生活を送れるようになったからだ。
勿論、それは街だけでなく王城内も例外ではなく。それなのに、ジェスカの心中は平穏とは極めて遠いものだった。ジェスカ=エミリア、今年で26になる。先 の戦で親族を亡くし、身寄りをすべて失い孤児として生きてきた。15から8年間、精鋭部隊――通称暗部で国の為に働いてきたが3年前に暗部を退役させられ 今は王室つきのメイドとして働いている。メイドとして3年目、ジェスカのペースを乱しているのは間違いなく目の前にいる男だった。

「今日もユミルのところか?」
「お呼びが掛かっておりますので」
「俺の呼び掛けには中々応じてくれないくせに?」
「リュシカ様がおりますでしょう?――ザクト様」

ジェスカの仕事の邪魔はしないが、何かと話しかけてくる男の名をザクトと言い、ザクト=ロージス=ハルク、紛れもないこの国の王子、それも正統な王位継承 者の第一王子だ。今年で28となるザクトは平和協定調停の暗躍者であり、結ばれて以降まことしやかに着任間近だと囁かれている張本人である。
ジェスカの仕事は王室のメイドとしての給仕で、特に第二王女であるユミルの面倒を任されてはいるが、決してザクトの側仕えではない。

「……ザクト様、それではユミル様のところへ行けません」
「ユミルには俺が言っとくから、俺のところ来てよ」
「ザクト様。御用がおありならリュシカ様のほうが上手く立ち回ってくださるかと」
「ジェスカ」

強く名前を呼ばれれば押し黙るしかない。他人がただ聞けば恋慕からとか畏怖から、と思うかも知れないがジェスカの場合は純粋に立場からだ。主人の命には逆らえない、それは暗部所属の時もメイドの時も変わらない。

「俺の気持ちを考えてくれたことないだろ」
「お気持ちを?私如きにザクト様の崇高なお考えが分かるはずありません。お立場なら何度も」
「本当に。その話術も暗部時代に培ったものか?」
「どうでしょう。私自身あまりそう認識したことがないものですから」

ああ言えばこう言う、ジェスカにザクトは深く溜め息を吐いた。立場を考慮しながらも決して自分の不利になるような受け答えはしないジェスカにザクトは一度も勝てた試しがない。

「ジェスカ、俺はお前が好きだ。家族愛じゃない、恋慕の意味で、だ」
「お戯れを」
「冗談だと思っているな」
「滅相もございません」
「馬鹿な真似をと思ってるんだろう?俺は本気だ」
「錯覚、気のせいですよ。一時の気の迷いに流されてはいけません」
「ジェスカ」
「……お兄様、そこまでにしておいては如何かしら。ジェスカが困ってるわ」

ジェスカが無言になるのを待っていたかのようなタイミングで聞こえてきた言葉に一瞬、ザクトは肩を小さく揺らした。平静を装い声がした方を振り返ると、ブロンズの髪に碧眼の美女が壁を背に佇んでいた。上質だと一目で分かる衣服を身につけ、ふわりとしたロングスカートなのにもかかわらずわざとらしく腕を組み、壁に背を預けてる様子はどこか似つかわしくない。

「ユミル様、その様な格好は如何かと」
「あら、これジェスカの真似よ?」
「私の?」
「昔の写真をお父様に見せて頂いたの。すっごくカッコよかったわ」
「何でそんなものが、まだっ」
「ふふふ、秘密。ねえ、お兄様。酷くないかしら、ジェスカは私と約束してるのに邪魔して横取りしようだなんて、あんまりじゃありません?」

珍しく少し焦るジェスカに小さく笑った後、ザクトに妖艶な笑みを向けて脅すかのような言い方をする女性こそジェスカの先約の相手にして第二王女・ユミル=ロージス=ハルク、その人であり、弱冠22歳にして、国の策士ですら認めるほどの頭脳の持ち主である。

「ユミル、いつから」
「さっきですわ」
「……最初からいらっしゃいましたよね?」
「やっぱ気づいてた?」
「一応」

ユミルの嘘にも動じることなくジェスカはわざとらしく呆れ顔でユミルを見るも、ユミルは気にした風もなく微笑み返す。ユミルとジェスカの付き合いはザクトとジェスカの付き合いに比べ大分長い。と言うのも、暗部時代、ジェスカの任務にユミルの護衛が含まれていたからだ。無論、名前と素顔を晒したのは暗部を抜けた後ではある。

「お兄様もジェスカには勝てないようね」
「ザクト様のほうが実力は上ですよ。私はただ気配に多少敏感なだけで」
「……で、ユミル。何か用があったんじゃないのか?」
「そう、来週ゼノン様がお見えになられるそうです」
「隣国の?」
「ええ。懇親パーティーを開くとお父様が仰ってらしたし。その件でお父様がお話がある、と」
「分かった。――ジェスカ、真剣に考えてくれ」

ユミルの言葉にザクトは一瞬で“王子”の顔になった。ジェスカを見て一言言い残すと足早に王室に向かって行った。
残されたジェスカはと言うと小難しい顔をしてその背中を見送っていた。

「ジェスカ、あんまり考え込まなくていいからね」
「ユミル様」
「ただ、自分に嘘だけは吐かないで」
「……分かりました」

ユミルに促されその場を後にするも、その表情にいつもの凛々しさは感じられず、どこか浮かない表情だった。

 


主従関係で主の片思い5題
馬鹿な真似だと思うだろう? 私は本気だ。
一時の気の迷いに流されてはいけません
 確かに恋だった様より拝借
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主従関係で主の片思い5題 ×2 三月消化お題
こんばんは、三月ですね!神無です
学生でいられるのも残り一ヶ月を切りました!マジかよ、と今自分で思いました←
さて、三月のお題です。

主従関係で主の片思い5題

確かに恋だった、さんからお借りしています。身分違いの恋、ただし格上の方がヘタレ、ってのが好きです。いいですよね。


『契約破棄』



ザクト=ロージス=ハルク
ロージス国第一王子にして正統な王位後継者。才能があり、信頼も厚い。反面、期待を一身に背負ってきただけあり精神的な脆さも垣間見せる。昔は相当なやんちゃもしていたが今では見る影もなく落ち着き払っている。公私混同はしないが、狙った獲物は逃さない。


ジェスカ=エミリア
ロージス国王室に仕えるメイド。かつては暗部に属していたほどの腕前。本質は優しくお人よしだが一度仕事が絡めば、冷静沈着なクールビューティーに。天涯孤独の身でこれ異常ないほどに国王に恩義を感じている。



やる気が出てきた。


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僕と私 ε
騙して騙されないようにして、そうして自己を保ってきた。終わりに近づくことで何かが解れようとも、支障を来たさなければ気にしないつもりだった。終わってしまえばどうでもよくなる、そう高を括りすぎていたのかもしれない。油断した、油断しすぎていた。

卒業式まで後残り一週間を切っている、と言うのに。

「蓮お嬢様、おいたが過ぎますよ」
「っ、は。なーにが“おいた”だ。どうせ親父の差し金だろう?それとも妹尾?お前に命令するのはどっちかだもんな、大河原」
「さあ。自分の立場がまだお分かりになられていないようだ」

手首にかかる圧力がより一層増して嫌な痛みを訴えてくる。手首を捻りあげられ、押し倒されてる様は傍から見たら強姦されているように見える。こんな手練な強姦魔なんて嫌過ぎるけれど。式前で六時頃となっちゃ学校はほぼ無人で、邪魔者もいなければ保護者と言えば難なく入れるのだから好都合なのだろうが。

「立場?俺は俺だ。それ以外の立場を自ら望んで欲した覚えはねぇな」
「まあ、今の状態はそうでしょうね」
「ぐっ」

鳩尾に容赦ない一発。呻いても表情を一切変えない辺り流石、と言うべきか。そもそも女の腹を思い切り殴るってどうなのよ、まあ今は男だけど。痛む腹を極力気にしないようにしながら周りに気を配る。
気配はない――いや、一つ近づく気配がある。うっすらと、だけど良く知っている気配。

「蓮ー」

がらりと扉を開け、入ってきた高槻に大河原も平静を装っているものの驚いたようで一瞬気が途切れ、手首を押さえる力が弱まった。その隙を突いて、思い切りその腹を蹴り上げる。しかし、執念か、手は完全に外れない。

「くそ」
「……ご学友ですか?」
「お前には関係ない」
「ああ、賭けの最中ですものね。貴女が、友人など作るはずはない、さしずめ“駒”ですか?」
「よく喋る口だな」

駒だ、最後に友好が解れようが問題ない。駒だと自分で決めた、それ以上の感情などないと自分で決めたはずだ。なのに、何故こんなにも感情が乱れるのか、平静が揺らぐのか。
“駒”だと言ったことに対して起こる面倒ごとへの苛立ちと大河原は取ったのだろう、嫌らしく笑う。

「がっ」

嫌になり殴ろって気絶させようと腕を上げたのと同時、高槻が大河原の脳天に肘を落としているのが目に入った。簡単に崩れ落ちる大河原に何が起きたのか分からずにいると腕を掴まれた。

「蓮、行くぞ」

最早空に近い鞄を引っ掴み、教室を飛び出す。教師も少ないので全速力で走っても幸い、咎める人間はいない。全速力で俺は高槻に半ば引っ張られるようにして駆け抜ける。そうだ、あと少しなんだ、こんなとこで捕まってたまるか。
階段を飛び降り、校舎を飛び出て、校門をくぐり抜ける。電車に飛び乗り、少しして降りたところで漸く自分がいつも使っている駅でないことに気づく。どれだけ焦っていたんだ、と脱力する。

「蓮」
「たかつき」
「利用してくれていいから。俺如きで蓮の欲しいもんが手に入るなら駒でかまわねぇから」

一瞬、何を言われたのか分からなかったがそれがさっきの大河原の言葉のことを言ってるのだと理解し、高槻を凝視した。何を言ってるんだ、と頭が瞬時に真っ白になった。怒るとか、責める、とかなら分かる。或いは脅す、逆上するなら分かる。なのに、高槻は何て言った?怒るでも対価を求めるでもなく、利用してくれて、駒で構わない?

「お前、馬鹿か?何言ってるか分かってんの?」
「分かってるし、馬鹿なのは蓮だろ?お前、さっきアイツが俺のこと駒、って言った時自分がどんな顔したか分かってる?」
「苛立った顔してたんじゃねーの?」

事実、そうだと思ってた。それ以外ありえない、と。大河原の反応からしても。なのに、高槻はまったく別のことを言った。

「違う。苦しそうな、泣きそうな顔してた。最初の時、利用させてもらうって言ったのは蓮の方だぜ?覚えてねぇ?」

そう言われると同時に抱きしめられ、その温もりに反発するどころか酷く安心している自分がいることに気づき、あまりの情けなさに泣きそうになった。
離れるのが、嫌われるのが怖かった?
いつでも離れられるようにと思ってた。嫌われる覚悟なんて、とうに出来ていると思っていた。それなのに恐れていた、なんて笑える。

「それでも、おかしい。駒で構わない、なんて。何の見返りもなしに」
「見返りなしに?そういうわけじゃねぇけど……じゃあ、今貰ってもいい?」

は?と不思議に思っているうちに距離が縮まり、唇に暖かい感触。何が何だか分からずにいるともう一度。

「キス。これが対価、っつーことで」
「なっ、何やって、ってか何言って、いや、何を」
「ははっ、そんなに感情むき出しの蓮はじめて見た」

混乱している私をよそに、高槻は綺麗に笑う。初めて見た笑顔などとは比にならないくらいに綺麗にそれこそ感情むき出しの楽しそうな安心する笑顔を浮かべていた。
漸く落ち着いて来た頃に続けてまたも爆弾を落としてくれる。

「なあ、蓮。卒業するまで家に来ねぇ?そっちの方が何かと安全だろ?」
「……は?高槻、お前何言ってるか分かってる?」
「分かってるっつーの。卒業するまで何かと仕掛けてくるだろ。なら家の方がいいじゃん。一般人巻き込むわけにも向こうもいかねぇだろうし」
「まあ、確かに。でも」
「いーって。それに、一週間一緒にいれば口説けるし」

続けざまの爆弾は思考回路を停止させるには十分すぎるほどで、固まっていると手を引っ張られた。くすくすと楽しそうに笑っている高槻を見ているとどうにでもなりそうな気がしてくるから不思議だ。
それでも卒業式まではまだ日があるから染谷蓮のままで頑張ろうといやに気力が出てきて手を振り解き高槻の背中を思い切り叩いて笑いかける。
この暖かい感情は大貫蓮に戻れるその日まで取っておきたい。

「じゃあ、世話になる。俺大食いだけど、いい?」
「――別に大丈夫だろ。卒業したら覚悟しとけよ」
「お前こそ」

後日、俺の家にやはりと言うべきか、親父からの刺客が仕向けられていたと貴ちゃんから聞きほっと胸を撫で下ろした。
あと5日間。親父の悔しがる顔と高槻の驚く顔を見ることだけを楽しみに気合を入れた。


 


上に立つ人へ・五題
嫌われる覚悟
 リライト様より拝借

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