変わることのない世界で

小さな物語の断片
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契約破棄 B
ジェスカは自分が何故ザクトに気に入られたのか、全くと言っていいほど身に覚えがなかった。ザクトに声を掛けられたのは3年前、丁度暗部を辞めメイドとして働くことになった最初の日だった。誰が自分のことを話したのか、とは言うものの思い当たる節がそう多くあるわけでもなく、ユミルから聞いてたのだろうと決め付けた。しかしながら、話でしか聞いたことのない女をそう簡単に信用していいのかと不安にもなったのだが。

「ジェスカ=エミリア、ってお前だよな」
「はい、そうですが。何か御用でしょうか?」

最初に声をかけられた時には誰だこの偉そうな奴、と思ったが声の主がザクトだと気づきジェスカは一瞬にして雰囲気を王族に対するものに変えた。警戒している張り詰めたものではなく、受け入れ態勢へ。

「話は聞いてる。俺は――」
「ザクト様、ですよね?存じ上げております」
「そうか。なら良いんだ。今日からよろしくな」
 「よろしくお願いいたします」

時期が時期なだけに第一王子であるザクトの噂は絶えなかった。信憑性のあるものからないものまで、明らかなでっち上げもあれば真相が不明なものも。実力があるのはそれまで兵士の命を犠牲に鍛えてきたからだ、だとかメイド全員手篭めにした、だとか、実は物凄く根暗だとか、シスコンだとか。どれも下らないものばかりだったが、一つ確かなのは次期国王であり、着任までそう遠くはない、と言うことだ。
ジェスカ自身、王やユミルからその実力は聞いていたし実際に見たことだってある。だからこそその実力が本物であることは知っていた。王としての器、技量があるかどうかが一番の心配事だったのでそれ以外のことはどうでもよかった。どうでもよくてもジェスカの場合、職業病とでも言おうか、情報に関しては抜け目なくどんなものでも集めてはいた。だからこそ、今回人懐こい笑みと共に声を掛けられたのもメイド云々の噂が事実だったのか、と思ったのだが。

「何かついてますか?」
「ああ、悪いな。別に」
「……ユミル様は私の事をどのように?」
「は?ユミル?」

てっきりユミルから聞いていたものとばかり思っていたのでジェスカにとってザクトの反応は予想外のものだった、と同様にザクトにとってもジェスカの発言は意外なものだった。

「ユミル様から私のことを聞かれたのでは?」
「ユミルは何も教えてくれなかったよ。俺に取られるから嫌だ、ってさ。父上から聞いた。“とても優秀だけどどこか一風変わった子が今度王室つきのメイドとして入る”、って」
「王が……」

どこか考えた風にしてるジェスカをザクトはまた興味深そうに眺めていた。それに気づかぬジェスカではないがあえて気づかないふりをする。王がわざわざそう告げるなど考えられない。

「ジェスカ」
「ザッシュ様。……それではザクト様、失礼させて頂きます」




「父上が誰かのことを楽しそうに話すなんて滅多にないからどんな奴か気になった。しかも、話を聞けば今度メイドになる女だって言う。あのユミルが気に入り、父上もが気に入っている女がどんな奴か気になった」
「それではさぞがっかりなさったでしょう」
「いや、正直面白い、って思ったよ。雰囲気がらりと変わるし、変えるし、媚びずに真っ直ぐ俺を見る」
「生意気だと」
「そうじゃない。だから惹かれたんだ。……ジェスカ、ずっと俺の隣にいてくれ」

ザクトの言葉はその瞳同様に真っ直ぐで逃げ場がない。それに怯むことなくジェスカもザクトを真っ直ぐに見つめ、何の裏もない言葉を口にする。それがザクトにとって嬉しいことだと言うことをジェスカは知らない。

「ザクト様がお呼びになられれば馳せ参じます。私は王室つきのメイドですから」

ザクトの言葉の真意をしっかりと悟りながらもジェスカは核心に触れるような返答はせず真意を思い切り無視して返した。それはジェスカの防衛策である。踏み込ませないための、心中を悟らせないための。心証を悪くする相手がたとえ王子であろうとそれは変わらない。

「そういうことを言ってるんじゃない、分かってるだろう。俺が欲しいのはそんな答えじゃない」
「私は給仕でザクト様は王子。ご自分の立場もですが、どうか私の立場もお考え下さい」

ザクトの言葉にジェスカは反論するも、その言い分はもっともだった。王子がメイドを皇室にしようとする、そんなことが明るみに出れば叩かれるのはザクトではなく間違いなくジェスカだ。取り入った、色仕掛け、脅したなどやっかまれるのは免れない。いくら平穏だとは言ってもザクトに憧れ、恋い慕う者も少なくない。口にはしないが、自分の身くらい自分でジェスカは守れる、けれど自分のせいでザクトが悪く言われるのは我慢ならなかった。

「俺が王子を辞める、って言ったらどうするんだ」
「敬遠します。ザクト様はそんな無責任な方ではありません。ご自身の立場をしっかり理解なさっていて、責任感も強く、人への配慮が出来る方だと存じておりますしそのような方だからこそお仕え出来るのですから」
「……ジェスカはずるいな」

ザクトの痛切な呟きにジェスカは答えずただ曖昧に微笑んで見せた。ずるい言い回しを使っていることはジェスカ自体分かっているし、分かった上で尚も使っているのだ。ずるいと言われても仕方がない。

「ザクト様。5日後のパーティー、お忘れになりませぬようお願いいたします」
「ああ、分かってるよ。引き止めて悪かった。おやすみ」
「おやすみなさいませ」

それ以上の言及は無駄だと思ったのだろう、ザクトはそっとその頭を撫でると颯爽とその場を去った。残されたジェスカは空に浮かぶ朧月を見ながら辛そうに拳を強く握り締めた。




主従関係で主の片思い5題
「私が欲しいのはそんな答えではない。
「どうか私の立場もお考えください

 確かに恋だった様より拝借
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