変わることのない世界で

小さな物語の断片
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契約破棄 A
 隣国との平和協定が結ばれてから日は浅いものの、国は平和だった。無駄な争いも諍いも、何かを失うことに対する憂いや恐怖もなくなり胸を撫で下ろし、安心 して生活を送れるようになったからだ。
勿論、それは街だけでなく王城内も例外ではなく。それなのに、ジェスカの心中は平穏とは極めて遠いものだった。ジェスカ=エミリア、今年で26になる。先 の戦で親族を亡くし、身寄りをすべて失い孤児として生きてきた。15から8年間、精鋭部隊――通称暗部で国の為に働いてきたが3年前に暗部を退役させられ 今は王室つきのメイドとして働いている。メイドとして3年目、ジェスカのペースを乱しているのは間違いなく目の前にいる男だった。

「今日もユミルのところか?」
「お呼びが掛かっておりますので」
「俺の呼び掛けには中々応じてくれないくせに?」
「リュシカ様がおりますでしょう?――ザクト様」

ジェスカの仕事の邪魔はしないが、何かと話しかけてくる男の名をザクトと言い、ザクト=ロージス=ハルク、紛れもないこの国の王子、それも正統な王位継承 者の第一王子だ。今年で28となるザクトは平和協定調停の暗躍者であり、結ばれて以降まことしやかに着任間近だと囁かれている張本人である。
ジェスカの仕事は王室のメイドとしての給仕で、特に第二王女であるユミルの面倒を任されてはいるが、決してザクトの側仕えではない。

「……ザクト様、それではユミル様のところへ行けません」
「ユミルには俺が言っとくから、俺のところ来てよ」
「ザクト様。御用がおありならリュシカ様のほうが上手く立ち回ってくださるかと」
「ジェスカ」

強く名前を呼ばれれば押し黙るしかない。他人がただ聞けば恋慕からとか畏怖から、と思うかも知れないがジェスカの場合は純粋に立場からだ。主人の命には逆らえない、それは暗部所属の時もメイドの時も変わらない。

「俺の気持ちを考えてくれたことないだろ」
「お気持ちを?私如きにザクト様の崇高なお考えが分かるはずありません。お立場なら何度も」
「本当に。その話術も暗部時代に培ったものか?」
「どうでしょう。私自身あまりそう認識したことがないものですから」

ああ言えばこう言う、ジェスカにザクトは深く溜め息を吐いた。立場を考慮しながらも決して自分の不利になるような受け答えはしないジェスカにザクトは一度も勝てた試しがない。

「ジェスカ、俺はお前が好きだ。家族愛じゃない、恋慕の意味で、だ」
「お戯れを」
「冗談だと思っているな」
「滅相もございません」
「馬鹿な真似をと思ってるんだろう?俺は本気だ」
「錯覚、気のせいですよ。一時の気の迷いに流されてはいけません」
「ジェスカ」
「……お兄様、そこまでにしておいては如何かしら。ジェスカが困ってるわ」

ジェスカが無言になるのを待っていたかのようなタイミングで聞こえてきた言葉に一瞬、ザクトは肩を小さく揺らした。平静を装い声がした方を振り返ると、ブロンズの髪に碧眼の美女が壁を背に佇んでいた。上質だと一目で分かる衣服を身につけ、ふわりとしたロングスカートなのにもかかわらずわざとらしく腕を組み、壁に背を預けてる様子はどこか似つかわしくない。

「ユミル様、その様な格好は如何かと」
「あら、これジェスカの真似よ?」
「私の?」
「昔の写真をお父様に見せて頂いたの。すっごくカッコよかったわ」
「何でそんなものが、まだっ」
「ふふふ、秘密。ねえ、お兄様。酷くないかしら、ジェスカは私と約束してるのに邪魔して横取りしようだなんて、あんまりじゃありません?」

珍しく少し焦るジェスカに小さく笑った後、ザクトに妖艶な笑みを向けて脅すかのような言い方をする女性こそジェスカの先約の相手にして第二王女・ユミル=ロージス=ハルク、その人であり、弱冠22歳にして、国の策士ですら認めるほどの頭脳の持ち主である。

「ユミル、いつから」
「さっきですわ」
「……最初からいらっしゃいましたよね?」
「やっぱ気づいてた?」
「一応」

ユミルの嘘にも動じることなくジェスカはわざとらしく呆れ顔でユミルを見るも、ユミルは気にした風もなく微笑み返す。ユミルとジェスカの付き合いはザクトとジェスカの付き合いに比べ大分長い。と言うのも、暗部時代、ジェスカの任務にユミルの護衛が含まれていたからだ。無論、名前と素顔を晒したのは暗部を抜けた後ではある。

「お兄様もジェスカには勝てないようね」
「ザクト様のほうが実力は上ですよ。私はただ気配に多少敏感なだけで」
「……で、ユミル。何か用があったんじゃないのか?」
「そう、来週ゼノン様がお見えになられるそうです」
「隣国の?」
「ええ。懇親パーティーを開くとお父様が仰ってらしたし。その件でお父様がお話がある、と」
「分かった。――ジェスカ、真剣に考えてくれ」

ユミルの言葉にザクトは一瞬で“王子”の顔になった。ジェスカを見て一言言い残すと足早に王室に向かって行った。
残されたジェスカはと言うと小難しい顔をしてその背中を見送っていた。

「ジェスカ、あんまり考え込まなくていいからね」
「ユミル様」
「ただ、自分に嘘だけは吐かないで」
「……分かりました」

ユミルに促されその場を後にするも、その表情にいつもの凛々しさは感じられず、どこか浮かない表情だった。

 


主従関係で主の片思い5題
馬鹿な真似だと思うだろう? 私は本気だ。
一時の気の迷いに流されてはいけません
 確かに恋だった様より拝借
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