変わることのない世界で

小さな物語の断片
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涼しい夏をのぞんでいたが、そうは、問屋がおろさない。
部屋の中に置いてある温度計は36度を僅かながらも越えていて、嫌になりながらも扇風機にかじりつくようにしていた。
なんでこの時期に冷房が壊れるんだ、とついてないにも程がある、と呪いたくなる。

「あの部屋で寝るとか地獄でしかないだろ、どう考えても」
「だからってなんでうちに来るのか分からないんだけど。倫也のとこ行けばいいでしょ」
「『一週間彼女来るけど、それでも良いならいいけど?』と笑顔で言われ諦めました」

呆れたように、それでも決して追い返さないことを知っているからこそ来たのだけれど茉莉香も無防備だと思う。彼氏でもない男、それも自分に好意を寄せている男を上げるなんて。
まあ、何かする気はないからいいんだけどさ。今のところは、なんて暑さで相当参ってるな、思考回路が。
大学最後の夏、好きな子と一緒に過ごすには好都合の理由が出来たとは思う。勿論、本当に暑くて我慢ならないっていうのもあるけれどそれでも恋する若者としては自由に過ごせる時間を満喫したいわけだよ。来年はどうなるか分からないわけだし。

「さっさと直しなよ。今度は冬に死ぬよ?」
「来週修理が来てくれるから大丈夫。本当は俺が来てくれて嬉しいくせに」
「そうだね、料理できる人間が来てくれて助かりはするねー」

くすりと笑うその笑顔にとことん弱い、惚れた弱みってやつだとは分かってるけどもうどうしようもない、絆されてしまう。自分勝手で気ままな猫のような奴だけど、離れられない。ああ、重症ってか重病?

「マリ、最近どーよ?」
「何、それ。別に普通だけど」
「男、連れ込んでねぇ?」
「誰を連れ込むの、誰を。うちに押しかけるのなんてあんたか佐中ぐらいだし。んで、手土産は?」

本当にちゃっかりしてる。黙って買ってきたプリンを差し出す俺も俺だと思うけどそれはもうそれだ。他の男に渡したくなくて足繁く通う俺は通い妻さながらだ、彼女ですらねーけど。振られた女のもとに通い続ける自分ってのはなんだか虚しいものがあるけれど、譲れないもんってのもあって。まあ、だからこそこうして今ここに真っ先に来ているのだけれど。

『真人のことは好きだけど、今はそういう気分になれない』

あの時の衝撃と言ったら半端なかった、今だって何だそれはと叫べる自信がある。けど、その『好き』という言葉に甘んじてる俺も男としてどうなのよとは思う。今のままでいいのかと聞かれれば答えはNOだが、今の関係を崩したくないのも事実で。情けない、俺。

「しかし、本当に涼しい。俺は幸せだ」
「ふーん。涼しいから、だけ?」

……え?

思わず茉莉香を見れば唇に温かい感触。え?

「せっかく持ってきてくれたことだし、プリン食べようか」
「え、ちょ、茉莉香さん」
「真人が私の満足する言葉をくれることを期待してるよー」

笑う茉莉香に体が火照るのがわかる。あれ、俺涼みに来たはずなんだけどな。
幸せな気分で涼しく過ごそうと思ったけれど、その予定は最初から崩された。
慌ててキッチンに消えた茉莉香のもとへ行き、もう何も考えられず思うがまま言葉を口にした。

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Signal night


‐‐出かけるんじゃなかった。

街に繰り出して十分も経たない内からそう思ってしまい茜はそれは深い深いため息を吐いた。色とりどりに飾り付けられている木々と輝くイルミネーション。自分の住んでいる場所がクリスマスには賑わう名所となっているのが運の尽きだったかと今更ながら思う。街行く人々はその大半が幸せオーラを撒き散らしていて今現在フリーで目下片思い中の茜にとってみればそれは嫌がらせ以外の何者でもない‐‐とは言うものの、好き好んで外に出たのだから自分で自分に罰ゲームを課している様なものだったが。それに、茜はモテる。実際にクリスマス前には数人から告白された。にも関わらず、こうして一人でいるのはそれらをすべて断ったからなのだが。片思い中の相手以外と過ごす気はないと言う決意の表れだ。
家に帰ったら帰ったで年中仲の良い両親と姉とその恋人がいるだけなので帰る気もないわけだが。

「あれ、茜ちゃん?」
「っ、三原。何して」
「んー、バイト。ケーキの売り込み。ってか何で一人?あんなに呼び出し食らっといて」
「好きでもない女と過ごす気なんてないっつーの」

茜‐‐基、立川茜。名前は女の子のようだが178cmに64kg、元サッカー部と言う立派な男である。そして、その茜に声をかけたのは三原暁。162cmに49kg、現在はサンタクロースのコスチュームを身に纏っている正真正銘、茜の片思い中の相手である。

「へぇー、好きな子いるんだ?誘わなかったの?断られたとか?」
「うるせーよ」

バイトだ、ってきっぱり言い切ったのはお前だろ!と言いたいのをぐっと堪えて茜は暁を見た。学校ではいつもジーンズにトレーナー、と言った感じの暁のミニスカート姿は新鮮で顔が赤くなるのを必死で隠しながら何とか声を絞り出す。

「お前こそ、一人でバイトに勤しんでんじゃねーか。振られたんじゃねぇの?」
「振られてませんー。まあ告ってもいないけどね。相手モテるし?」

好きな相手がいると言う事実を突きつけられ茜は固まった。誰だよ、と問い詰めようとしたが運悪く客が来てしまい暁はその相手に回ってしまった。

「バイト、終わるの何時だよ」
「ん?売り切ったら上がり。まあ八時とか九時とかそんくらいじゃない?」

時計を見れば現在六時。
あと二、三時間かと確認して茜は勇気を振り絞って言った。

「終わったら連絡寄越せ。どーせ暇なんだろ?少し付き合え」

こんな言い方しか出来ない自分に苛立つも、暁の方は少しも気にしない感じで、と言うより突然の事に驚いているようでまじまじと茜を見ている。

「茜ちゃん?」
「何だよ」
「……分かったよ。遅くなっても知らないよ?」
「別に」

ぶっきらぼうに答えて、茜は心の中でガッツポーズしながらその場を後にした。







「随分早かったな」
「あー、うん。何かオーナーが中で見てたみたいでね?待たせちゃ悪いでしょ!って早く上がらせてくれた」

後でお礼しなきゃねーと無邪気に笑う暁を見て茜は自分の胸が高鳴るのを感じた。手の中にはさっき購入したばかりのプレゼント用のネックレス。姉に知識を無駄に仕込まれていた分それほど迷わずに用意できたのは良かった。玉砕するのは目に見えている。けれど用意せずにはいられなかったのは茜がロマンチストだからだろう。
いつ切り出そうか、いつ言おうか。
街を歩きながらそんなことばかり考えていると不意に暁が立ち止まり茜を真正面から捉えた。

「何だよ」
「ねー、茜ちゃん。茜ちゃんは何となくかもしれないけど、こんな日にあんなこと言われたら期待しちゃうよ?」
「……好きな奴いるくせに何言ってんだよ。そっちこそ期待させんじゃねーよ」
「は?何でそうなるの」

無駄に恋愛経験のある茜だ、決して疎くは無いが打ち砕かれる希望は抱きたくない。

「あのな、何で俺がわざわざお前のバイト先の近くにいたと思ってるの?わざわざ告白断ってまでさ。気付けよ」
「……言わせて貰うけど、じゃあ何で私がわざわざバイト後にあんたに会ってると思ってるの?自分がモテるって自覚ある?」

お互いに顔を見合わせると、二人とも真っ赤でそれでもどこか嬉しそうで。

「ったく馬鹿みてぇ。んじゃあ、デートと仕切りなおしますか」
「うん。エスコートよろしく、茜ちゃん」
「……とりあえずその“茜ちゃん”ってのやめろ」
「あー、じゃあ“茜”?」
「っ」

名前で呼ぶと真っ赤になった茜を見て笑う暁を恨めしげな目で見る茜。それでも次の瞬間には悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
口を暁の耳に寄せて何かをつぶやく。真っ赤になった暁に満足げな顔を浮かべると茜はその手を取り街の中へと消えていった。




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ありがとうをこめて
流れる校歌にああ、こんな歌だったのかとまるで人事のように思う。いつだって終わってから何かを思い知らされることが多い。そう、いつだって終わってから色々と気づかされる、嫌になるほど。
これで“お別れ”なのだと。

今までの日常とも。

いつだって背中を見つめていた。隣を歩くなんてことできるはずもなく、そんな繋がりがあったわけでもない。クラスが同じになったことすらない、せいぜい名前を知るのが精一杯でまともに話すことすら出来なかったなんて私らしくもないなんて自重する余裕すらない。

「鮎川ー、お前いいの?」
「……いいよ、今更」

笹倉の言葉に私は力なく答えた。そんなこと改めて聞くこともないはずだ。今知り合ったところでもう卒業。最後くらいと思う人もいるかもしれないが私はそうは思わない。すぐ別れが訪れると分かっているのに知り合おうとは思わない、知り合ってしまったらそれ以上を望んでしまうから。

「笹倉こそいいの?」
「俺はいーの。知り合いだし、大学一緒だし?」

わざとらしく肩を竦めてみせる笹倉と笹倉の想い人である彩加を見比べ、その後彼の後姿を見て少し寂しくなった。でも、話しかける気はない。勇気もなければそれ以上を望むのが怖いと言う臆病風に吹かれてしまってもいる。ただ黙って見送るまでだ。

「……大学行ったらあんたより先に彼氏作ってやるんだから」
「おー、そりゃ楽しみだ」

軽口叩く余裕はようやっと搾り出したもので。だからどうか、この頬を伝う涙に気づかないで欲しい。



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離れない恋、恋を愛にする為に
終わりが来ることを考えて今を過ごすなんて馬鹿なことはもうしないと決めた。けれど時折油断してると目に入る文字や言葉に突如として不安に襲われるのも事実。それでも、もう離さないと決めたから私は今日も走る。後先なんて考える余裕なんてないからただ突っ走る。

「昴世」
「留衣?どうした。珍しいじゃん」
「端的に言うと色々考えすぎて、さ。……悪いかっ」

素直になれないのはもう性分だ、仕方ない。いつだって昴世は私に甘いし口も意地も悪いけどやさしいことを知ってる。だから本音を時々疑いたくなる。
我儘で天邪鬼、素直になれなくて悪態ばかり吐いてしまうけどきちんと想ってるんだ。ちゃんと伝わってるか、きちんと想ってくれてるのか不安になる事だってある。

「いや、俺は嬉しいぜ?言ってくれりゃ迎えに行ったのに」
「いいよ。私が突然来たんだし」
「俺がしたいんだよ。上がれよ」
「ん」

いつだって気遣ってくれて、私が気づかないとこも気づいて、言わなくても分かったりしちゃうから。……ずるい、と思う。

「……不安になることなんて何もないはずだぜ?」

後ろから抱きついたら簡単に悟られた。そりゃそうか、私がこうして突然やってきてくっついたとなれば不安がってるのは一目瞭然だろう。聡い昴世のことだ、何に不安がってるか既に言わずとも分かってるに違いない。

「俺はお前を離す気はない、例え中々会えなくても、な」
「昴世はずるい。昴世の馬鹿、アホ」
「おいおい。最愛の彼氏に向かってそれはないだろ?他にあるだろ。言えよ、そしたら俺もお前が欲しい言葉言ってやる」

私を抱きしめて耳元で意地悪く言うのは確信犯だ。知っている。既に欲しい言葉は貰ってるけど、他にもあるということはどうやらお見通しらしい。私は昴世の望むことも考えてることも言って貰わなきゃ分からないのに、こうも見透かされてるとやはり悔しいものがある。でも、ここまで来たんだ。今更か。

「……好き。大好きだ。だから、ずっと傍にいて」
「これから先お前以外を傍に置く気はねえよ。愛してる、留衣。ずっと傍にいろ」

言葉と共に降って来る甘いキスにゆっくりと瞼を閉じる。
離れてく唇にゆっくり開ければ柔らかい笑み。

「絶対だよ」
「勿論」

不安になったらまたこうして確認出来れば不安など飛んでしまうから。
だから、ずっと捕まえていてと願いを込めてその背中に手を回した。

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終わらない恋の為に
終わりが来ることを考えて今を過ごすなんて馬鹿なことはもうしないと決めた。けれど時折油断してると目に入る文字や言葉に突如として不安に襲われるのも事実。それでも、終わりの見える恋などしたくないから私は今日も走る。後先なんて考える余裕なんてないからただ突っ走る。

「和人ー!」
「うわっ、柚希!?」

何の前触れもなく押しかければやはりというべきか驚かれた。うん、当然だよね。でももう小難しいことをいちいち考えるのには疲れたからひたすらただ突っ走る、呆れられても後悔しても。今を突っ走る。

「どうしたんだよ」
「端的に単刀直入に言うと色々なアンケート記事とか見てたら不安になって気がついたらここにいた」
「……はぁ。とりあえず上がれば?」
「ん」

思い切り呆れてる、和人に構わず家に上がり扉を閉めたのをかくにんするなりその体に思い切り抱きついた。それはもう思い切り、よろめくぐらい。些細な事で不安になるのもそれを抱え込むのも私の性にはまるっきり合わない。

「んな記事見なきゃいいのに」
「見ちゃったもんは仕方ない。可愛い彼女がわざわざ会いに来てやったのに不満か?」
「まさか。んな不安になることねぇのに」
「乙女心なんですー。ってか離さないし」

よしよしとあやすように撫でてくれる手が好きで私はずっとぎゅっと抱きついたままでいた。言葉を聞かせて、それは我儘かな。いや、もう我儘でもいいや。

「好き?」
「……好き?――これ以上ないほど、な」

そういって頬を寄せてくる和人にさらに強く抱きついて笑う。
突っ走ったってその先には和人がいていつだって受け止めてくれるから。
いいかな、って思えるんだ。
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裏側
不安も愁いも憂いも勝手に私自身が抱いているもので、アイツが悪いわけじゃない、いけないのは私のこの態度と行動自体にあるわけでアイツを責めることなど私に出来るはずもなく責められるべきは寧ろこの私なのだ。
自分の心のままに行動してそれの対応・返答に勝手に凹んで。どうして責めることが出来よう。重荷になりたくなくて、結局重荷になることばかりしている。面倒くさいということは重々承知している、だからこそ重荷になりたくない。ある種、自業自得なのだろうけれど。

「うっわー。超暗い顔」
「何で気づくかな。ほっとけ」
「ほっといていいの?」
「……良くない」

意地悪く笑う響の服の裾を掴み引き止めると、響は私の隣にすとんと座ってくれた。……怖いんだよ、どうしようもなく。独りになるのが、独りが怖い。一人で歩けなくなりそうで。

「夢見たのか?」
「……ご名答。いやーな夢だよ。知らない人間と歩いてて、私がどんなに呼んでも気づいてくれないの、こっち見て、くれないの」
「まーた何がそんなに不安なんだよ」
「私自身の問題かな。私が自信持てないことが問題なんじゃない?」
「まるで他人事だな。また、ネガモードに入ってるな」
「だって、怖いんだもん。些細な事で不安になる。何気ない一言、一文に不安になる」

声が聞きたくても電話をかけるのさえ相当の勇気が要る。ただ一通のメールでさえ、だ。
電話よりメールの方が精神的負担が少ないから、とメールに逃げてしまっている。
自信がないゆえの恐怖心が私の動きを鈍くしていることは自分でも分かっている。それでも理性よりも感情が勝ってしまっているのだから仕方ない。未だ吹っ切れはしたが克服し切れていない過去のあれこれが私を少なからず縛り付けている。

「悩むくらいなら動いちまえばいいのに」
「動いた。動いたけど動きがないなら待つしかないじゃん」
「ほんとにそう思ってる?」
「……思ってないよ。けど続けて動いて空振りどころか大打撃を受けるのはご免被りたい、分かってるよ怖がってるだけだって」

本当に痛いところをついてくる。人が何とか自分に言い聞かせてる部分の問題点ばかりを浮き彫りにさせる。……そのぐらいが私には丁度良いのかもしれないが。
だってアイツが何を考えてるのか、私のことどう思ってるのか私には分からない。特に離れてる時は。

(会いたいだけ、会って安心したいだけ。声を聞きたいだけ、一緒に、いたい、だけ)

分かってるけどそれを素直に伝えることはとても困難で、漸く伝えても何もなければかなりこたえる、凹む。

「見てらんねぇな」
「悪かったね。――とりあえずカラオケ行こう!すかっとするよ」

無理やり引っ張って立ち上がる。強がってなきゃ崩れ落ちるから。
震えそうになる体に力を込めて私は歩き始めた。


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犠牲
「あれを犠牲にすればお前は助かると言うのに」

キリヤを指差すロイドにミュートは毅然と言い放った。ただ一言、冗談じゃない、と。

「何故。我が身が可愛くないのか?」
「可愛いさ。けどアイツを犠牲にしてまで生き永らえる価値は私の命にない。アイツが、アイツだけが見出してくれた私の価値。この世界でアイツがいなくなったら誰がワタシ<私の価値>を認めて<見出して>くれるんだ?」

ミュート――消音の名をつけられた少女はキリヤを横目で見ながらロイドの言葉を笑い飛ばした。この世界においてキリヤはミュートの生きる意味だったと言っても過言ではないのだ。
キリヤの為に命を差し出すことはあってもミュートの為にキリヤの命が捧げられることはありえないのだろう。

「我が身は可愛いが、キリヤの為ならこの命、惜しくない」

不敵に笑むその姿はいっそ美しく、力強く感じられミュートの決意の強さを感じさせた。手枷を嵌められ、力なくぐったりとしているキリヤの姿にそれでも決して焦りを見せることなくミュートは印を結ぶためロイドに構わず腕を上げる。

「お前の価値なら俺が見出してやる。俺と来い、キリヤはお前を殺す」
「何を」
「気づいている、だからこそ今ここで都合よく消えようとしている。違うか?」
「……そうかもな、けれど想いは変わらない。キリヤの為ならこの命、惜しくない」

会話中も滞りなく印を結び続けるミュートにロイドは我慢ならず力ずくで止めようと思ったのか、動こうとするがそれはかなわず顔を歪めるだけに終わった。

「ミュート」
「さっき呪縛の印を結ばせてもらったよ。数時間もすれば解ける」
「ミュートッ」

ロイドの叫びも虚しく、ミュートは柔らかく、けれど少し悲しげに微笑むと印を結びきった。派手な閃光はあったものの、その名の通りまったくの無音の中、光が消え視界が戻ってきた時には既にミュートの姿はどこにもなかった。ただ、ミュートがいたその場所にはミュートが大事につけていたキリヤが贈ったと言うアンクレットが残されていただけだった。




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転送
自分の非力さを見せ付けられて居た堪れない気持ちになる。こうして見ているだけしか出来ないのがこんなにももどかしいなんて。

「っくそ」

閉じ込められた籠の中、檻の仲、私はこうして見てることしか出来ない。今の弱りきった状態ではこんな檻一つ壊せない……情けないにもほどがある。力が弱っていることは明らかでそれを否定したくとも出来ないのだから。
もう、手段を選んでる余裕なんてない。御せずとも御してみせる、他の時空に飛んででも。

「天空の門、時限の歪み、我が手に集え」

誰かを失うのはもうゴメンだ。

「聞け、我が願い聞き届けよ――」

私の影と、影に繋ぐものを贄に、犠牲に。



「お前、正気か?」
「何を以って正気とする?そもそも私はアイツを助けられればなんでも良かった。悪いのはお前で私じゃない」

切り取られた空間、時空の狭間、時の止まった場所。
どうしようもなくて気が狂いそうなくらいの静寂に包まれた場所、そんな場所に飛ぶんだろうなと勝手に想像していた私は思っていたのとは全くもって違う場所へ転送されたことに驚きを隠せなかった。人の気配こそ無いものの確かに生命が息づいていて、木々のせせらぎの聞こえる森の中に私たちは飛ばされたようだった。魔導の存在しない、魔力の意味を成さない別次元の世界、平行世界、並行世界、そんなところだろう。

「お前に害を与えた覚えは無い」
「よく言う。どちらにせよ同じことだ。私の力が弱りきったのは誰のせいだ」
「俺だ」

いけしゃあしゃあと言ってのける目の前の男に一発見舞ってやろうとして避けられた。
弱らせといて害を与えてないとはよく言えたものだ。あれは害とは言わないのかと詰りたくなる。

「それは害とは言わないのか」
「アイツから引き離すために致し方なくやったことだ。アイツの弱さはお前を駄目にする」
「何故言い切れる」
「気づいてないわけじゃないだろ。お前の力は強すぎて周りに影響を与える。それなりの力がなければな。だから――」
「私が力をセーブして駄目になる、と?」

分かってるじゃないか、と鼻で笑う男に今度こそ一発食らわせ私は深く息を吐いた。セーブして力の持ち腐れだと言いたいのか、セーブして弱まるような生易しい強さじゃないことは私が身をもって知っている。セーブすることによって力が行き場をなくし、暴発しかねないことは私しか知らない。

「力は私自身で制御する。他者に文句は言わせない」
「そうおもうならまずこの状況からの脱出を考えろ」

力が無力化されているこの状態で。私はどの選択をすべきなのか。
折角の転送。しかし先は見えない。
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決意
戦場の恐怖も危険も身をもって知っている、そんなシエラからの連れて行けという言葉には耳を疑わざるを得なかった。そのまっすぐな紺碧の瞳はどこか挑発的にアッシュに向けられている。アッシュはその視線を真っ向から受けながら致し方ない、と言った風に諦めの溜息を吐いた。

「待つだけなんて出来るわけないじゃない」
「シエラ」
「守れられるだけ、もごめんよ?」

毅然と言い放つ姿は凛々しくあったが同時にどこか縋るようでもあった。強さと脆さが混在した瞳は危なげに揺れていた。

「アッシュ?」
「自分の身は最低限自分で守れよ?」

降参のポーズでの台詞はついて行くことの許可だ。瞬時に輝いたシエラの瞳に最初から勝ち目などあるはずもなくアッシュは頭を抱えた。何も危険なのは敵軍だけではない、ということをよもや知らないはずがないのに。
羨望と嫉妬の的になってることを知らないはずがない、事実若干二十五歳にして五本指に入る凄腕の女騎士ともなればそれは他の比ではないのだ。同性からの嫌がらせだけではなく、丸腰のところを数人の男に襲われたコトだってある。最も、その時は格闘技で伏してやったのだが。

「勿論。ありがとうっ」
「ったく。終わったら美味い飯食わせろよ」

シエラにとってアッシュは一番の理解者で、ついていきたがるのは単純に置いて行かれる様な気がして嫌だったのだろう。シエラは生への執着が強い、だからこその腕ともいえるのだが。
凛とした面立ち、すらっとした肢体、どこまでもまっすぐな視線。けれどその内面はとても繊細で脆い。だからこそその手をそっと取ってやる。

「大丈夫だ、お前は強い」
「当たり前でしょ。でも、ありがと」

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空知らぬ雨
「ぎゃははははは!お前がそんなキャラかよ」

人が散々躊躇った挙句打ち明けた悩みを目の前の男は盛大に笑った。あまりにも盛大で腹立たしくなり、私は躊躇なくその腹を思い切り殴った。キャラじゃない?そんなのは私自身が良く知っている、よく知っているがこうも思い切り笑われると腹が立つもので相手がいくら航でも、傷つく。
そりゃあ自分がそんなごくごく一般的な女の子みたいにくよくよ悩んでるなんて柄じゃないのは、十分分かってる。けどどうにもならないことだってあるわけで。とにかくどこかにぶちまけたくて、うじうじしている自分が腹立たしくて仕方ない。
腹を押さえて蹲った航を横目に私はまた物思いに耽る。本当にめんどくさい生き物だと思う、人間――特に女って。

「李雨、お前少しは……」
「手加減ならしたけど、温かった?」

にっこり笑って言えば反論してこないことを知っている。それは他の人がしてこないのとは意味が違う、他の人が恐れてしてこないのなら航は無言の懇願を察してくれてるからだ。
これ以上この件に関しては追求するな、しても無意味だ。
と。航は正直に言ってしまえば結構酷いやつだと思う。なまじ顔がいいから中々にモテる、そのことを自覚していながら誰にでも平等に接し、特に女の子には優しく接する。それが女の子をその気にさせると、期待させると知っていながら対応を変えずそして深入りしようとする子、不必要に近づいてくる子は最終的に容赦なく突き放す。女の子の性質を理解していながらそれを気にして行動することはなく、あくまで自分を貫く。
言葉だって乱暴で普通に酷いことを言うくせに、本当は優しくて、憎めない。誰にでもそうではなく、自分が認めた人間は酷く大切に、真摯に向かい合ってることを知ってるから。

「あのな、考えすぎなんだよ。考えすぎて動けなくなるくらいなら何も考えずに即座に動いちまえばいいんだよ」
「それでも考えちゃう場合は?」
「考えることを放棄して本能の赴くまま動いちまえばいいだろ。或いは考えながらそれでも動いちまうか」

何かを変えたきゃ、何かを求めるなら動くしかないだろ。
航はさも当たり前のように、何ともないことのように言ったがそれが言葉で言うほど容易ではないことを知っているはずだ。それでも口に出来るのは航の強さなのだろうけれど。

「大体、らしくねーんだよ。キモい……ってえっ」
「黙れ、この女たらし。今までの経歴と流れてる噂と第一印象とぜーんぶ碓氷に言うぞ、このヘタレ」

拳骨を思い切り落としてやる。たらしでどうでもいい子には物凄く白状で適当に扱うくせに、一途でこれ以上なく大切に扱って告白すら出来てないと言う現状と風評とのギャップ。碓氷がそれに気づいているかどうかは別として、優しい、ということには気づいているから航もまだ救われる。

「俺の、ことより、お前のことだろ」
「あんたがいけないんでしょ。ったくめんどくさい男だなぁ」
「お前にめんどくさい言われたくない」
「めんどくさいのが女なの」
「開き直るな」

そうは言われても事実そうなのだから仕方ない。大体航だって毎回毎回女の子とごだごだになる度に言ってるじゃん、女ってどうしてああもめんどくさいんだ、って。だからそんなのは今更だろうに、私が女というカテゴリーにしっかり入ってたらの話ではあるけれど。
男だろうと女だろうと恋愛が絡むということはそれだけでめんどくさくなるものなのかもしれない、いや、めんどくさくなるものなのだろう。一人の、個人の問題ではなくなるわけだし自分ひとりではどうにもならないことが圧倒的に多くなるから。

「なら俺と付き合うか?」
「やだな、もう付き合ってるじゃん。友達として」
「いや、そうじゃなくて。男友達として」
「何?私に性転換しろと?」
「……ごめんなさい、ちょっとした冗談です」

まったく、なに考えてるんだか。航を一瞥して残っていたアイスティーを一気に飲み干す。人気のないカフェに二人きり、傍目にはカップルに見えるのだろうか?
見えたところで何の問題も支障もないのが悲しいところではあるけれど。

「でもさー、マジでらしくねーとは思うぞ?何躊躇ってんの?怖いわけ?」
「だったら何」
「そん時はアイツに見る目がなかったってことだろ?」
「……航」
「あ、お前を彼女に選ぶ時点で見る目ねーか」

先程していた容赦をなくして思い切りその頭を殴ってやった。毎回毎回一言多いんだ、このアホ。

「冗談だって。ごめんなさい。……冗談だから気にするなよ?」
「気にしてないっつーの」
「彼女にしたらめんどくせーだろーな、お前」
「うるさい。悪かったね」
「別にいいんじゃねぇの?」
「航」
「可愛げがなくても強がりでも乱暴でも、それが李雨なんだから」
「あんたはほんっと毎回一言多い。一言ってか余計なことが多すぎる」
「バーカ。それでもそんな俺が好きなんだろ?」
「まーね。あんたもでしょ?」
「まーな。友達としてはお前は最高だよ」
「ほんっと一言余計だっての」

本当にめんどくさいと思う。恋愛も、女も。
こうやってさっぱりした友達だけで、その好意だけですめばいいのにそうも行かない。

らしくない、か

らしさって何だろう。でも確かに今の私は私らしくない。躊躇ってばかりでその場で足踏みしているだけなど、もっと動けと私がわたしを叱咤するのが目に見えるようだ。

「ま、話くらいいつでも聞いてやっから。くよくよ考えるだけなら動いちまえ」
「……おー」

考える前に、考えすぎる前に動け、か。
考えすぎてしまった私には余計な思念が纏わりついて身軽に、とは行かないだろうけど黙ってるよりはましだろう。私は大きく伸びをして航に不適に笑いかけた。
強がるような笑み、涙を隠すように消し去るように笑いかけた。
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