変わることのない世界で

小さな物語の断片
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合縁奇縁ε
旭のことがあってすっかり忘れていたが、そういや、木月はモテるんだったなと今更ながらに思い知らされる。最近は特に一緒に過ごす時間が長かったからか、そういう話を聞かなかったから忘れていた。
しかしながら、タイミングも場所も何もかもが悪すぎる。
何故、今、この時期に、この場所で、このタイミングなのか。
目の前で繰り広げられている告白劇。私はバレないように息を潜めるので精一杯だ。

「ずっと、好きだったの。ずっと、いいな、って」
「だから?」

かわいらしい女の子の声に応える声は、普段よりも少し低い聞き慣れた木月の声だ。覗いた先に見えたのは、木月の後ろ姿と、可愛いと評判の女の子だ。二人並んだらさぞかし絵になるんだろうな、自虐的な思考がよぎるも耳に入ってくる声に現実に呼び戻される。緊迫した空気が流れてるのを感じながら、それでもその場から動けず――好奇心なのか、或いは恐怖からなのかは分からず――じっとただ息を潜める。告白するなら誰もいないことぐらいきちんと確認してからしてほしい、というのは現在の状況下にいる私からしたら至極当然な意見だ。

「付き合って欲しいの」
「それを、今の俺に言う?」
「広瀬さんのこと?気にしないよ、木月君のことだもん、どうせ遊びでしょ?」
「遊び、ねえ」
「違うの?でも、振り向いて貰えないなら諦めてもいいころだと思うの」

聞こえてきた自信に溢れた言葉が、先日の稜の言葉と重なり思い切り突き刺さる。遊びで恋愛するような奴じゃないことは何となく、わかる。そんな面倒事を自ら好んでするような奴ではないが、それでも未だ私を好きでいてくれる確証などどこにもない。

『諦められても知らねえよ?』

リフレインする言葉は胸を締め付け、息苦しくさえ感じる。言葉の真意が曖昧になってくる。彼女の言うことは一理ある、振り向いて貰えないから諦める、というのは流れとしては自然なことだ。自分の都合で振り回してしまっているのは事実なのだから。

「別に、諦めたからってあんたのこと好きになるわけじゃないと思うけど」
「好きにしてみせる。だから」

自信満々な彼女の声と同時に、動く気配がした。そっと覗くと、木月の懐に飛び込んでいる姿が見え、固まる。もし、私のことなど諦めていたとしたら、当然、一緒にはいられない。今までとはまた意味が違ってくる。

「……あんたに興味ねぇから。諦めろ」
「っ、酷い」
「酷い?俺は本当のこと言っただけだ。離れろ」

木月が鋭く言い放った言葉のすぐ後に、慌ただしく駆けていく音と、大きな溜息とが同時に聞こえ話が終わったのだと知る。けれど、まさか姿を現せるはずもなく、そんな元気もなくただ胸の中に残された何とも言えないもやもやとした感情を何とか落ち着けようと努めることに精一杯だった。蹲るようにしゃがみこんでいたせいもあり、だから、木月が動いたのに気付けなかった。
自分の名前を呼ぶ声に、初めてそのことに気付く。

「陽?」

思い切り反応してしまい、目がしっかりと合う、木月の顔に浮かぶ驚きの色を見て自分がどんな表情をしてるのか悟り勢い良く逃げようとするが。逃げる為の一歩を踏み出すと同時にその腕を掴まれた。予想外に強い力に驚くも振り返ることはしない、いや、出来ない。いつもとは全く違う痛いくらいの強さで掴まれた腕は、一向に解放される気配がない。

「陽、何で逃げるんだよ」
「いや、逃げれてないから。不可抗力、人がいないのを確認しない方が悪い」
「へぇ、それだけ?」
「……放して」

意地の悪い響きを持たせているくせに、普段の余裕や隙を感じさせない語気と空気に逃げ道がないことを教えられる。より強くなった力に一瞬怯めば、その隙をつかれ引き寄せられた。間近に真剣な目があり完全に逃げ道を絶たれた。聞こえてくる鼓動が、どちらのものなのかさえ分からないほど、急展開についていけず余裕ぶっていた過去が懐かしくさえなる。きっかけが欲しかったのは事実、タイミングを図っていたのも事実、けれど、こんな突然に来るとは思っていなかったのもまた事実。
さぞかし情けない、余裕のない顔をしているのだろう。

「自分が今どんな顔してるか分かってる?」
「なんとなく、予想はつく。だから」
「離さねえよ。いや、逃がさねえ」

この瞳に捕まるのが怖い、強い光、生半可じゃ飲み込まれそうで、だから確かな物にしたかった。飲み込まれないように。そう、強く惹かれるからこそ怖い。手放そうにもきっと手放せないであろう手。焦がれていた存在でもあるからこそ。

「怖い」
「それは、“遊び”かもしれないから?」
「遊べるかもしれないけど、木月は遊ばないでしょ。違うよ、最近大人しかったからもう良くなったのかもって思った。寂しさ感じてる自分に気づいて。……木月は強いから怖い」
「強い?俺が?」
「うん、木月の存在が強いから」

引き込まれるのが、飲み込まれそうで、惹きこまれるのが、呑みこまれそうで怖かった。いや、今も怖い。ひき込まれたらきっともう戻れない。それが何となく感じられるから余計に。
野生じみた強さではなく、もっと精錬された強さがある。だから、知らず知らずの内に引き寄せられる。

「強いのは陽だろ。絶対にぶれない、……強ぇ、って思うよ」
「ぶれないように考えてはいるから」
「それができる時点で十分強ぇよ。強さ故の優しさとか、気遣いとかに惹かれる。存在自体が俺にとっちゃ何よりも欲しいもんなんだよ。誰にも渡したくない。陽を俺にくれよ」

照れくさくなるほどまっすぐすぎる言葉は、けれど私に決意させるには十分でかわすことを諦めさせる。
気づいてはいたけど、欲しかった執行猶予期間は私が腹を括るための期間だ。自分の知名度を知っていたからこその大袈裟とも言えるアピールは、自身の本気が伝わらなくなるリスクを背負って私に害が及ばないようにしてくれていたからだ。

「私は安くないよ。自分を全部差し出すくらいじゃないと」

全部なんてあげない。一人で二人分背負うのは重すぎる。だから。

「お前に比べりゃ安いもんだよ。俺で良ければいくらでもやるよ」

惹きつけられる笑みで笑う木月を見て、自分の中で確かなものになっていることを確信し、手首を掴んだままの手を振り解き驚いている木月の隙をつき、その手を思い切り引く。どうなるかは明らかで。

「っ、陽?」
「好きだよ、好きだ」

呆けている木月をよそに目を見て言ってやれば耐えかねてか、目をそらされた。よく見てみれば耳は真っ赤だ。

「木月?」
「……見んじゃねぇよ」

精一杯の悪態は精一杯の強がりで。初めてこの男のことを素直に可愛い、と思った。

「さて、戻るか。長居しすぎた」
「余韻に浸る、とかねぇの?ま、いいけどさ……」

さっさと戻ろうとしたのが不服だったらしく少し拗ね気味の木月が可愛く見えてしまうあたり重症だ、自覚をしつつ足は止めない。照れくさい、というのもないわけではないが、それ以上に早く戻りたい理由があるからだ。

「今なら多分、稜の告白現場に間に合う気がするから」
「は?稜人の奴、告白するの?」
「うん、またあの馬鹿男が旭にちょっかい出してるみたいだからいい加減切れる前に、って」

少しの沈黙の後に、なら仕方ないか、と呟いたのを見ると理解してくれたらしい。若干の不満が顔に残っているのが分かるが、それなら、と分かってくれたのは嬉しい。
繋いだままの手を深く絡めて、歩き出す。少し足早に、人気は既にまばらだから人目を憚る必要性もあまりない。

「っわ」

廊下を歩いていると、いきなり木月が立ち止まり私は半ば後ろに引っ張られるような形で立ち止まらされた、否、何だと思ったのも束の間。体中に感じる温もりと唇にある感触にパニックに陥りながらも、何をされているのか理解した。理解しただけで動けはしなかったが。

「木月っ」
「陽が好きだ。大好きだ。――俺が大人しいと寂しいんだろ?」
「気のせいでした、つーか誰かに見られたら……」
「見せつけてやりゃいい。虫除けっつーことで」

アホか、と思うけれど繋いだ手は離さず。
きっかけは少しの好奇心と一冊の本だった。
あの日の会話が始まりで、本当に一瞬のすれ違いのようなものだったのに不思議だなと痛感する。
繋ぐ手の力を少し強めて歩みを再開させた。握り返す力も少し強くなった気がした。


変態に恋されてしまいました5題
5.大人しいとなんだか寂しいです

 確かに恋だった様より拝借
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合縁奇縁δ
 好きだの愛してるだの、それを木月がわざわざ声を大にして毎日のように言う理由には薄々気づいている。それでも、まだまともに向き合う気がないのは、私の中で木月という存在が確立されるまで時間が欲しいからだ。
そのことに気づいているのはきっと稜だけ。

「あれ、陽一人?」
「そーだよ。木月も、残念ながら旭もいないよ」

残念、と呟きながら隣に座る稜に食べていたお菓子を勧める。
その一つを当たり前に取り口に放り込むと、これまた当たり前のようにさも自分のことを語るように言った。

「まだ足りないわけ?」
「……もう少し、かな」
「諦められても知らねえよ?ほんと、疑り深いよな」

その時はその時で、そういう相手ではなかったと思うだけだ。木月が私の特別となりうるかどうか、一種の賭けでもある。稜にとっての旭になるのかどうか、今はその見極め時だと勝手に思っている。木月ファンが聞いたら何様だ、と言われそうだが別に好かれていることに胡坐をかいているつもりはない。最初は戸惑ったけれど、きちんと木月を見られるようになってからは私なりにきちんとあいつの言葉と、気持ちと向き合っているつもりだ。傍から見たらどう見えてるのかは知らないが、逃げているつもりも蔑ろにしているつもりも適当にあしらっているつもりも毛頭ない。

「そーゆー稜はまだ言わないの?」
「お前さ、あの旭が気づいてない、なんてありえねぇだろ?まあ、ちょっとこの前、カズさんからムカつくこと聞いたからそろそろ動きはするけどよ」

稜にしろ、きっかけが欲しいのだ。動くための後押しが。私が欲しいのは確信で、それさえ得られればきっとタイミングはいい感じで木月がくれるだろうから。

「ああ、あの馬鹿男?」
「……やっぱ知ってたか。身の程を知れっつーの」

一昨日、関わりなど殆どないだろう上級生が旭の肩を馴れ馴れしく抱き、告白したことは記憶に新しい。にっこり笑顔で毒づいた旭も鮮明に覚えている。
旭は綺麗だ、言い寄られるのも珍しくないが旭の毒舌はちょっとした名物にもなっているため、最近はいなかったように思う。或いは稜が潰してたか。

「まあ女が絶えないことでは有名だったみたいだけど、見物だったよ」
「俺は自分のことカッコいいとか自惚れるつもりはないけど、あんな馬鹿よりはマシだね」

稜が動くのが先か、或いは同時か。それはその時になってみないと分からないことではあるけれど、そう遠くない先のことであることは分かる。私がこのままでいれば、木月はまた何らかのアクションを起こすであろうことも何となく分かる。それでもタイミングを間違えたくなくて、ただ頃合いを見計らっている。稜とてこの前のことを考えればそのまま黙っているだけとは考え難い。稜の言うように、旭が全く気づいていないというのはそれ以上に考えにくく、現状維持を続ければ間違いなく旭の中での稜の株は大暴落するだろう。私以上に稜はタイミングを失えない。

「難しいよねぇ」
「難しいよなぁ。陽はいいじゃん、カズさんがあんだけ機会与えてくれてんだから。俺なんか、ぜってぇしくれねぇし」

余程のことがない限り、失敗などありえないのに相手が相手なだけ、慎重になっている稜はなるほど、私がアタックする側だったならそのまま私の姿なのだろう。なかなかに興味深いが、その反面、今の立場で良かったと痛感させられる。
余計な杞憂は要らない。

「楽しませてね」
「そんな余裕ないっつーの」

私にだって余裕があるわけではないのだが、それは別に言う必要はないだろう。人の気持ちは変わる、それを知っているからこそ悠長に構えられるわけもなく、また、気楽に構えているわけでもない。
だから、そろそろ臨戦態勢に入って構える必要があるのだ。

「だから」
「陽、ストップ。また後で。‐‐カズさん、こっち。珍しいね、今日は遅いじゃん」

いきなり話を止められ、稜の視線の先を見るとそこにはやけに眠そうにしている木月の姿があった。
あぶねぇ、と内心かなり動揺しながら平常心を必死で手繰り寄せる。

「文句なしの遅刻。何、二人きり?ずるくね?」
「今更だろ……それに、稜とは以心伝心だし?」
「陽、あんま俺を妬かせると食っちゃうぞ?」
「やめて、それ冗談に聞こえない」

冗談に聞こえないが、できるものならやってみろとも思う。それは間違いなくきっかけになるから、どちらに転ぶかは分からないけれど。
駆け引きだ、と思えど本気を出されたらきっと勝てないことも分かってる。その隙を優しさだとは思わない、最初から本気を出したら私が逃げることを知った上での隙だ。だからそれを優しさとは思わない、寧ろ罠だと感じる、絶妙に張り巡らされた罠だと。距離感を掴めなくさせる絶妙な。

「でも木月が遅刻なんて珍しいね」
「確かに……先にいた方が逃げやすいのか」
「まぁなー。くそ眠い、陽、膝貸して」
「断る。寝れば?女子除けくらいはしてあげるよ」

それを優しさとは思わない、策略だ。
その隙も、恐らくこの遅刻も。不快に思わない駆け引きは、清々しさと狡猾さが混在する。
驚いたように、柔らかく笑って眠りに落ちていく木月を見る私を知った顔で見る稜と目を合わせないように窓の外に目を向けた。



変態に恋されてしまいました5題
4.食べちゃうぞが冗談に聞こえません

 確かに恋だった様より拝借

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合縁奇縁γ

ただのアホだと陽は言うが、木月の頭が切れることは知っている。自己分析も出来ているし、何より自分の置かれている状況・環境をしっかり把握している。陽や私への接し方を見れば一目瞭然だ。陽も気づいていないわけではないだろうが、当事者だからかただの気まぐれ程度にしか思っていない。

「かずさんって一途なんだ」
「……稜、いつから木月と仲良いの」

そして、知らない間に後輩とも知り合いになっている。それも割と手懐けるのが困難なタイプの奴と。
しかも陽と仲のいい奴というあたり、なかなかに手強い。稜と陽は気が合う。似たもの同士という奴なのだろう、二人の価値観はとても良く似ている。多くのことにたいして感情が動くポイントが似てるのだ、映画や、音楽、風景や人物、重きを置いている場所が多々重なるから、稜と木月の仲が良いと言うことはつまりは陽と木月も親しくなる可能性が大いにあると言うことだ。

「あんた稜まで買収したの?」
「人聞きの悪い。偶々だよ、偶々」

わざとらしくからかうように言う木月の言動は計算が多く含まれてるが、それでも陽相手だと表情が至極自然に柔らかくなるから、特別なんだと分かる。だから下手に口出しが出来ないんだと自分でもよくわかってはいることだが、分かっているということと、その事実を受け入れ穏やかでいられるというのはまったく別問題だ。

「モテる男は大変ね」
「まあな。けど、それでこんだけ陽にくっつけるんならそれも悪くねーよ」

頭が回るから微妙なニュアンスもすぐに理解する、悔しいくらいだ。しかし面白いのは、木月は頭が切れる上かなりの策士だが、その策にはまっているのはあくまで第三者であって、陽にはほぼ通用していないところだ。最初の頃こそ腹を探ってはいたが、今となってはまったくもって意に介さない、考えていない。木月は諦めだとか、慣れだとか言っていたが実際問題そんな単純なことではないことは私だからこそ分かる。そして、その事実が木月にとってかなり大きいことであることを木月は気付いていないのだから不憫なことだ。

気にしていないのではない、警戒していないのだ。

それがどれほど大きいことか分からない木月ではないだろうに、そのこと自体に気づいていないのは何とも不憫だと思う。
そもそも、慣れはともかく、諦めで好きでもない男からの過剰とも言えるスキンシップを許したりはしないことにまだ気づけないあたり、微笑ましくさえ感じる。

「稜、木月と知り合いなの?」
「まあね。陽とのことはカズさんから聞いてるよ。中々面白いことになってるらしいじゃん」
「他人事だからって……どうにかして」
「俺非力だから無理」

後ろに木月をひっつけたまま何事もないかのように話を続ける光景は異様ではあるが、違和感を覚えないのが問題だ。稜も稜でいつも通りに接している。

「カズさんはもっとクールかと思ってた」
「俺も」
「この状況見て誰もそうは思わないよ」
「寧ろクールに戻って私から離れて」

陽の言葉に殊更くっつく木月。陽の眉間に若干皺が寄ったのがわかる。暑苦しいんだろう、恐らく。

「くっつかないでください移ります、変態が」
「移らないし、変態じゃない」
「変態かどうかはさておき、異常なくっつき方であることは否定できない」

計算された異常性、どんな気持ちで木月はいるのだろうか。或いはもう気にしていないのか。木月と稜が親しいというのなら、稜もその計算には気づいているはずだ。それでも何も言わないのは、賛同しているからなのだろう。

「好きな子にはくっついていたいじゃん?稜も分かるよな」
「分からなくはないけど、カズさんのは過剰」

稜の言葉に私と陽も大きく頷く。過剰防衛なのか、攻撃は最大の防御の口なのか。

「陽、ファイト」
「旭冷たい」

知ってるのは木月本人のみ。
決めるのは当人同士だ、私が口を出すことじゃない。だから、もう暫くは静観を決め込もう。
陽とは別の理由からくるため息をついた。


変態に恋されてしまいました5題
3.くっつかないでください移ります変態が

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合縁奇縁β

入学当初、女の子たちの噂の中心に木月がいたことは少なからず知っていた。聞いてもいないのに教えてくれる女の子は大勢いた。今考えると、ライバルを探し回っていたのかもしれない。顔がいいのは確かに目の保養にはなるが、そこから付き合いたいとどうして短絡的に思えるのか私には不思議でならない。分からなくはないが、性格も分からず、付き合えればという思考回路は分からない。

「いやぁ、女の子は華やかでいいね」
「華やかっていうと聞こえはいいけど、『カッコいいー、付き合いたい』なんてただのバカでしょ」

いつも通り容赦ない、けれど正論である旭の言葉を聞きながら派手な女の子たちに囲まれている木月を見る。適当に相槌を打ってはいるようだが、視線は手元の本から離さない。いつものことなのか、女の子たちは隣を陣取ると勝手にしゃべり始めていた。
奇妙な、面白い構図だと思う。
カッコいい、というより綺麗な顔立ちだとは思う。おまけに180という長身でスタイルもいい。スカウトも何度かされたことがあるらしい、とあり得そうな噂まで流れているほどだ。

「見てる分には変わってて飽きないよな、とは思うけど」
「そうね。あの輪に入ろうとは思わないけど」

しかし、あんな無愛想でも顔さえよければモテるんだものねー
そういう旭の言葉は一理あって、見ている限り相槌や愛想笑いは多少しているものの、それ以外はほぼ無表情で本を読み耽っている。
異様な雰囲気は異様なだけに見ていて飽きない。
男友達といる時はごく普通に笑い、喋っているのに相手が女の子となると途端に無表情とある。
私にはよく分からないが旭が面白がってるところを見ると馬鹿ではないらしい。
始業のチャイムが鳴ると同時に散って行く女の子たちを見送り、深い溜息を吐きながらゆっくりと歩き出した木月の姿はどこか冷めていた。

「あ、え」
「「は?」」

木月が私たちの横を通り過ぎようとした時、変な声を上げたのは紛れもなく私だ。
木月は立ち止まり、旭と怪訝な顔をしてこちらを見ているのが分かる。

「えっと、それ、発売明日じゃ」
「……明日発売だけど今日購買に置いてあったから」

私が変な声をあげてしまったのは、木月が持っていた単行本が私の大好きなシリーズの最新刊だったからだ。
呆れ顔に変わった旭と、相変わらず怪訝そうに不機嫌そうにこちらを見ている木月。当然の反応っちゃ当然の反応だろう。

「ありがとう、ひきとめて悪かったね」
「……いや」
「馬鹿の相手の後にこの馬鹿が悪かったわね」




木月が構ってくるようになったのはその半月後くらいからだ。正直、あれが原因とも思えない。




「旭、おはよう」
「……おはよう。どういう状況?」

私がカフェスペースで雑誌を捲っていると、さも当然のようにごく自然に木月が隣に腰かけた。いつもは奥の人目につき難い席に行き一人でいるのに、わざわざ私の隣に腰掛ける、その行動に私が唖然としているとにっこり笑って適当に起こして、と言うなり机に突っ伏して寝に入ってしまった。
どういう状況か聞きたくなる旭の気持ちはよくわかるが、私自身、どういう状況か把握できていないので返答に詰まる。いっそ私が聞きたいくらいだ、どういう状況か、と。

「いきなり。寧ろ私が説明してほしい」

文句をいう間もなく、理由を聞く間もなくさっさと寝に入った木月のせいで私がどんな居心地の悪い時間を過ごしたことか。何事かと好奇の視線と嫉妬羨望の混ざった視線とに一人晒され、雑誌の内容なんてどうでよくなっていた。何が書いてあるのか理解する余裕がない、という方が正しいか。
あの日以来、言葉を交わしてもいないのに出来ることならこの男の頭をかち割って思考回路を読み取ってみたい。

「まあ、とりあえず。木月、起きろ」

鞄を置くと、旭は容赦なく木月の椅子を思い切り蹴った。その衝撃で目が覚めたのか、木月はゆっくりと頭を上げた。周りの空気も変わり、こちらの動きを窺っているのが分かる。……めんどくさい。

「有瀬か」
「名前知ってて貰えて光栄だわ。で、何してんのあんた」
「ああ、広瀬に用があって」
「寝てたじゃん」

用事があるなんて話は一切聞いてないし、ましてや木月が私に用事があるとも到底思えないのだけれど。関わりを一切持ってなかった相手だ、用事があるといわれて不審に思うのは無理のない話だと思う。
旭は勿論、恐らく木月も周りがこちらの様子を窺っていることは気付いている。それなのに、何故こんな目立つ形で用事があるなどと言うのか。悪い予感しかしない。
その予感は的中し、さっさと置いて逃げればよかったと後悔することになる。

「広瀬さ、今彼氏とかいるの?」
「……いないけど。何」
「俺と付き合って」

暫く思考回路が停止した。今言われた言葉を嚥下するのに相当な時間を費やした。
どよめく周りの声はただの雑音にしか聞こえず、旭でさえ驚きをあらわにしている。

「まともに話したことのない相手と付き合う気は微塵もないんだけど」
「じゃあ俺のこと知ってよ」
「……そんな機会ないでしょ」
「毎日会いに来るから、いいだろ?よろしく、陽」

快活に笑う木月に何かを言う勢いも気力も失せる私に木月は意地悪く笑うだけだった。



あれから更に1ヶ月、また1ヶ月と経ち、もうすぐ3ヶ月。色々思うところはあるわけで。

「どうした?」
「ねえ、聞きたくないんだけど、あんたのそのフォルダ何?」

今では本当にさも当たり前のようにいる木月にいちいち突っ込むこともしなくなったが、今視界にちらりと入ってきたものを見過ごせるはずもなく、突っ込む。
ぎくりと固まった木月を見れば、それを隠しておくつもりだったことは一目瞭然だ。
木月の手からスマホを奪い取り、木月の手が届く前にフォルダを開く。

「ちょ、これ、いつ」
「この前の講義中」

フォルダの中にあったのは、紛れもない私の寝顔だった。今シャッター音なしのアプリあるから便利だよなぁ、とふざけてるとしか思えない木月の目の前で思い切り削除ボタンを押した。情けない声を出すその頭を一発叩き、返してやる。

「俺のベストショットが……」
「あんたのじゃないでしょ」
「大体突っ伏して寝てるから、なかなか撮れないんだぜー?」
「盗撮が犯罪だって知ってる?」

関係ないときっぱり言い切った木月の頭を再度叩き、溜息を吐く。華やかとは程遠い私に木月が構う理由は未だ見当が全くつかない。木月に聞いても上手くはぐらかされる。
もやもやを吐き出すように重い溜息を吐いて、じゃれてくる木月の頭を今度は力強く叩いた。

 

変態に恋されてしまいました5題
2.盗撮が犯罪って知ってますか?
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合縁奇縁α
高校の頃は学校の人数が多く、クラスメイトの名前を覚えることで精一杯で青春とか恋愛とか、それどころじゃなかった。だから、大学生になったら青春を謳歌してやる、と意気込んだ。
でも、それは所謂普通の、一般的な青春であって特殊な形では一切望んでいない。

「陽、おはよう」
「暑い、ウザい、離れろ」
「冷てー。でも、そんなとこも「黙れ」

朝っぱらからひっついてくる男を引きはがし、旭のところに行くといつものように苦笑交じりの笑みでおはようと言ってくれた。私もそれに返し、既に埋まりつつある席の一つについた。

「有瀬、はよ」
「おはよう、木月。今日も熱心なことで」
「――旭、いいよそんな奴ほっといて。マジ、朝っぱらから……」
「木月、良かったね。顔が良くなかったら今頃あんた陽に殺されてるわよー」

木月和沙。頭脳明晰、容姿端麗、なのに馬鹿。一年の冬頃、突如現れて私に付き纏う一言で言えば変態だ。無駄に容姿が整っているだけに、完全に無視できない自分が腹立たしい。
これでイケメンじゃなかったら、旭の言う通り再起不能にしている。
そもそもなんで私に構うのか、全力で来るならで全力で返すけど。

「陽に好かれる要因になるなら、俺この顔好きになれるわ―」
「誰も好きとは言ってない」
「照れるなって」

普通の青春とは程遠い、というか青春とは言い難い、微笑ましさとか切なさとは無縁のただのコメディだ。旭の立場なら面白いのだろうが、当事者ではまったくもって面白みの欠片もない。この状況で絡める女子がいないらしいのが幸いだ。

「いい加減離れろ、変態」

未だ背中にはりついたままの木月を肘でど突いけばすんなり離れた。退き際を下手に心得ている辺りが、尚一層たちが悪い。

「俺の精一杯のスキンシップを……」
「お前のはスキンシップじゃなくてセクハラだ」

本当、何で私にこうも構うのだろう。思い当たる節は皆無。私がその事に少なからず不安を抱いていることを知っているのは旭のみ。



変態に恋されてしまいました5題
1.スキンシップじゃなくてセクハラです
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契約破棄 E

病室を後にすることを許されたのはあの一戦を交えてから、優に一ヶ月ほど経った頃だった。すぐ無茶をするtから、との理由で少し傷が癒えた程度での退室はリュシカが許してはくれず、 完治するまで――とは言っても傷痕はある程度残るのだが――いることを命じられた。

「大分治ってきたようだけど無茶は禁物よ」
「はい」

お世話になりました、そう頭を下げて礼を述べるも、リュシカはニコニコとジェスカを見るだけで何も言ってこない。しかし何か言いたいことがあるのは明白で、その手はジェスカの腕を掴んで離さない。

「リュシカ様?」
「そろそろいいんじゃない?覚悟を決めなさい。生きる覚悟、それと受け入れる覚悟。言いたい奴には言わせておけばいいわ。所詮ただの僻みだもの」

リュシカが何のことを言っているのか分からないほど馬鹿ではなく、“覚悟を決める”それはいつだって迫られていたことで、だからこそジェスカは一番楽な“死ぬ覚悟”をしてきた。誰にも委ねることなく、誰かに頼ることなく、一人で覚悟が出来た。リスクを負わずに賭けに出ずに、裏切られる恐怖を覚えずに覚悟を決められる。生きる覚悟はなんとか出来そうなものの、、受け入れる覚悟はそうもいかない。自分の出生も分からず、自分が何者なのか図りかねていたジェスカにしてみれば重すぎるものでしかなかった。リスクが大きすぎた。だからこそ。リュシカが何を言わんとしているのかは痛すぎるほど分かっていた。
何を受け入れろと言いたいのか、嫌と言うほど理解できてしまい閉口するしかない。受け入れる、何を、ザクトの好意を、だ。

「まだ体裁とか、自分なんかとか思ってるの?体裁は貴女を守ってはくれないし、ましてや、ザクト様がそれを望むはずもないわ。自分に嘘を吐き続けて、気づかない振りを続けて何になるの?」

鋭く容赦ない言葉はそれ故にジェスカに逃げ場を与えず急速に追い詰めていく。ジェスカが自分の生い立ちを気にしていて、それ故にいつもザクトの言葉をあしらっている事をリュシカは知っていた。
どこの誰かもはっきりしない人間を第一王子が近くに置くべきではない、と。自分のせいでザクトの品位や地位が脅かされるのが嫌だったし、相応しくないと思っていた。いつかきっと邪魔になる、そう信じて疑わずにいる。ジェスカ自身、ザクトに惹かれていることには随分前から気づいていた。けれど、それを認めてしまうのが怖くてずっと見てみぬ振りを続けていたのは事実で。

「でも」
「どうなるか、何てなってみなきゃ分からない。そうでしょう?」
「……はい」
「なら、進んでみなさい決して悪いことばかりじゃないでしょうから」
「……は、い。リュシカ様は、ギア様と一緒になって後悔してませんか?」

ジェスカからの思わぬ問いにリュシカは少し驚いた後、柔らかく笑ってみせた。

「後悔しなかったわけじゃないわ。けど、良かったと思えることの方が断然多いから、今はもう後悔しないようにしてるの」

そう言って病室を後にしたリュシカの後姿を見送り、ジェスカは目を閉じて大きく息を吐いた。





「ジェスカっ、もう大丈夫なの?」
「ユミル様。はい、お蔭様で。ご心配おかけしました」

荷物をある程度運び終わり、手続きを済ませた帰り病室まで駆けつけて来てくれたらしいユミルとばったりと出くわした。表情がころころ変わるユミルに心配してくれたんだな、と嬉しくなる。

「本当に治って良かったわ。痕は残ってしまうけれど。ねぇ、ジェスカ」
「何でしょう?」
「何かいいことあった?」
「え?」
「凄くいい表情してるわ。何か、すっきりした顔してるもの」
「そうですか?」

ジェスカが聞くとユミルはすぐさま頷いた。
リュシカに言われてあの後一人で散々考えた。自分がどうしたいのか、何をすべきなのか。答えなんて出はしなかったが、それでもジェシカなりに考えて答えを導き出したのだ。逃げないで向かい合うのなら。

「お兄様にも顔見せてあげてね。凄く心配してたから」
「分かりました」






「ジェスカ」
「ザクトさ……っ」

ジェスカが自室へ戻ると部屋の前に何故かザクトがおり、目が合うなり抱き締められた。この前は普通に接してたのに、と思わずにはいられないほど力強く。息苦しさを感じるが、その苦しさが単に息苦しいだけなのか、それとも感情が揺れているのかは分からない。

「ザ、クト様っ、くるし……」
「あ、ああ、悪い。……治ってよかった」
「ご迷惑おかけしました。明後日からは復帰できると思います」
「ジェスカ、少しいいか?」
「……何でしょう」

ザクトに真っ直ぐに見つめられ、手を取られ反論らしい反論が出来ぬままジェスカはそのままザクトにつれられて一室へと足を踏み込んだ。そこがどこか知らないはずもなく、最初は躊躇ったものの、押されて仕方なくと言った形で部屋へと入る。ジェスカの部屋とは何から何まで違うそこは間違いなくザクトの私室で本来ならば、王族と一部の近衛騎士、リュシカしか立ち入りを許されない場所だった。

「ザクト様?」
「目を覚まさないお前を見て、気が狂うかと思った。ボロボロになったお前を見て、それでもお前は俺が王子だから、とか自分がメイドだからとかで守らせてはくれない。失うことが酷く怖くなった。いや、いつだって怖かった」

いつになく真剣で真っ直ぐな、けれどどこか切なさとか苦しさの漂う瞳にジェスカは何も言えずただ黙って聞いているしか出来ない。何から言えばいいのか、何を言えばいいのか。今までなら当然です、だとかそれが役目で立場だとか言えたのに、いざ覚悟を決め決意すると上手く言葉になってはくれない。

「卑怯でも構わない。俺の、俺の側にいろ。それがお前の役目なら」

ザクトの表情を見た瞬間、この人も自分と同じ苦悩を感じているのかとどこか親近感がわいた。守りたいのに守れない、立場だとか体裁だとか。確かに大きい、けれど些細なことにすぎないのだと。

「俺の我儘だ。ジェスカにとって俺がただの主で一国の王子にすぎなくても――「いえ」

ザクトの悲痛な、苦悩している顔をこれ以上見ていたくなくてジェスカは話を遮るように声を絞り出した。かなりの勇気とそして時間を費やしたが、それでも漸くここまで来てやっとジェスカは自分の本心を口にした。

「私にとって貴方はたったひとりの大切なお方です」
「ジェス、カ」
「王、ザッシュ様に引き取っていただき、私はその時契約を交わしたんです」
「契約?」
「ええ」

暗部に配属されることが決まったその日に交わした密約じみた契約はそれが破られるその日まで他言無用だと交わしたものだった。深呼吸をしてジェスカは続きを話した。

「暗部に配属されることが決まったその日、五つの約束をしました。一つ、素性を決して明かさず国と共にあること。これはまあ当然なんですけど。一つ、王宮外に出る時は言伝をし、また所轄外の場へは何があっても立ち入らないこと。一つ、名をジェスカ=エミリアとし、決して本名を口にしないこと。一つ、任務を最優先し、また機密事項に関しては任務完了次第記憶から抹消すること。そして、一つ。王族に無闇に近づかず特別な感情を抱かないこと」
「な、に」
「契約だったんです。契約を破ったことになりますね。いや、自ら破ったことになるんでしょうけど」

いつもは立場だとか、規律だとか、約束だとかを重視するジェスカが妙に清々しく言うものだから、ザクトは中々口を挟めず先ほどのジェスカのようにただ続きを待った。

「ザクト様。私は自分の出生をよく知りません。契約違反でもしメイドでなくなったとしても、お側に置いて下さいますか?」
「ジェスカ、それは」
「リュシカ様に怒られました。逃げるな、と。……ザクト様を、お慕いしております」





2年後、王位継承式が執り行われ、王位を継いだザクトの隣には皇室入りしたジェスカが並んでいた――。






主従関係で主の片思い5題
「私の側にいろ。それがお前の役目なら。
「貴方はたったひとりの大切なお方です

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契約破棄 D
パーティーも終わり、ゼストたちが帰る時となった。それまでの間、ジェスカは他のメイドたちから質問攻めにあい、それを難なくやり過ごすのに大変ではあったのだが。

「お気をつけて。またいつでもいらして下さい。ユミルも、お会いしたがるでしょうし」
「ええ。また訪れさせて頂きます。是非わが国にも、交渉だけでなく遊びにいらして下さい」
「是非」

とても穏やかな別れに見えるものの、実際はそう穏やかでいられなかった。と言うのも、昨日、不穏な噂が舞い込んできたからだ。両国の協定を快く思っていない者たちが腕の立つ殺し屋を雇った、と言うものだ。それにより厳戒態勢が引かれ、警備が厳重になっていて物々しい雰囲気は隠せない。

「ジェスカ」
「何?」
「気をつけろよ。死ぬ覚悟なんてもんは決めるな」
「ありがとう、覚えておくよ」

分かった、とは言わず覚えておくとだけ告げたジェスカにシュマはとても複雑な顔をしたがジェスカは笑って誤魔化した。生きる覚悟は出来ないくせに、死ぬ覚悟だけはいつだって出来ていた。孤児院にいる時も、暗部に入ってからは尚更。誰かを守って死ねるのならそれだけで十分だとさえ思っていたのに、シュマとゼストは何時だって心配してくれてたし、ザッシュに限っては暗部として護衛として雇ったくせに死ぬなとまで言うので生きる覚悟が必要なのかと思えてくる。結局、その覚悟は出来ないままなのだが。

「ねえ、ジェスカ」
「何でしょうか」
「ゼスト様の子供の頃の話、聞かせてくださらないかしら」

見送った後に少し照れくさそうに言うユミルに微笑ましいな、と思いながら頷いた。後で部屋に行く、といい一旦その場を後にした。




ユミルの部屋へ向かう前だった突如外が騒がしくなり警報が鳴り響いたのは。

「賊が五人、今確認されてるわ。ジェスカ、出れる?」
「リュシカ様。はい。ザッシュ様たちは」
「ザッシュ様にはギアとチェンたちが着いていて、ザクト様には今のところユタのみ、ユミル様にはフェスとウォンが着いてて、他の方々にも五人ほどついているし、今のところご無事よ。ジェスカは私と共にザクト様のところへ向かって貰います」
「分かりました。他の者たちは」
「メイドたちは待機、他の者もそれぞれの持ち場へ向かっています。現在負傷者は十名。相当な手練のようだけど、所詮は雇われただけの賊。生死は問いません」
「――了解」

普段とは違う格好のリュシカに事を即座に理解し、ジェスカも手馴れた動作でメイド服を脱ぎ暗部の時に愛用していたそれに着替える。数分と掛からず準備を終えたジェスカにリュシカは武具を手渡すとザクトの部屋まで走り出す。ジェスカもそれに遅れずに続く。

「リュシカ様ッ」
「くっ……ジェスカ、大丈夫?」

向かう途中、飛んできた短剣を寸でで避け、現れた敵に刃を向ける。ジェスカより背が高く体格からして間違いなく男だろう。それでも同等かそれ以上の力でジェスカはその男とやりあっていた。

「ここは私が喰い止めますから、ザクト様のところへ」
「……っ。分かった、何とか持ちこたえるのよ」

リュシカにザクトを任せ、ジェスカは再度敵と向かい合った。深くマスクをしていて全体の顔は掴めないが十分すぎるほどの特徴を持った瞳とぶつかった。グレーと言うより白に近い両の瞳に少しだけ顔を覗かせている裂傷。

「白の嵐<ホワイトストーム>……」
「俺も随分と有名になったもんだな」

稀代の暗殺者。過去、多くの要人たちを闇へ葬りまた、数々の秘密をも暴いてきたと言う伝説とまで言われる暗殺者。その両の白い瞳とその仕事の後は嵐が去ったように屍が散っていることから付けられた名前が白の嵐<ホワイトストーム>だ。ジェスカを前に口元を歪めると楽しむように刃を交えてきた。咄嗟にジェスカもそれに応じる。投げ技を使われるより、こうして実際に刃を交えている方が足止めには丁度良かった。

「……もしかしてお前、ラーク、か」
「そんな風に呼ぶ輩もいたな」

ラーク、と暗部時代つけられた名前を久々に聞きジェスカは思わず顔を顰めた。暗部時代にあまり良い思い出はない。それに何故か高笑いする相手にジェスカは更に身構えた。饒舌で派手な奴だな、と舌打ちしたくなるのを押さえ、ただ相手の出方を伺う。
しかし、ジェスカは知らない。ラークという名前がどれだけ有名なのかを。どれほど脅威となっていたのかを。

「面白い、本気で遊んでやるよ」






「リュシカ。賊4名、始末は完了した。1名は生存。他3名は死亡、1人は自害だ。今はもう一人の探索に全力をあげている」
「分かったわ。ザクト様、ザクト様も安全な場所へ」
「……ああ」
「申し上げにくいのですが、賊はどれも相当な手練のようで、今現在吐かせておりますが残っている一人が一番危険かと」
「どういうことだ?」
「賊の話によりますと、ホワイトストームが雇われていた、と。しかしながら捕らえた賊の中に白い目を持つ者はいませんでした」

近衛騎士団団長であるギアの報告にザクトは眉根を寄せ、リュシカは慌ててギアを見た。

「ジェスカの無事は確認されたの?」
「それはまだ。今、そちらも探している」
「リュシカ、どういうことだ」

リュシカの言葉に険しい顔をしたザクトに、リュシカは青ざめた顔でぽつりと呟いた。ジェスカが一人で相手しているのがホワイトストームかもしれない、と。





「はっ、良い眺めだな」
「良く喋る口だ。とても暗殺者とは思えない」
「そんなの勝手なイメージにすぎない。違うか?」
「それに、お前が無傷だとは思えぬがな」

あちこちに傷を作り、所々服は破れている中未だ戦い続けるジェスカの前の男もまた、あちこちに傷があり血が床に所々落ちている。けれど体格差、実力差は明らかで現役を退いてから数年でこんなにも鈍るものかと奥歯をかみ締めた。正直なところ、ジェスカの限界は近かった。血を流しすぎた、と気力で立っているのがやっとでこうして口を開いていることで精一杯だった。

「俺相手によくやったと思う。けど、俺も限界があるのでそろそろ終わらせて貰うぞ」
「っ」

これで最後か。皆は無事だろうか、と真っ直ぐに相手を見つめ思う。それでも視界は揺れ、上手く焦点が定まらない。
剣が弾かれ、迫り来る刃に覚悟を決める。

「ジェスカ!」
「ぐぁっ」

痛みと死を覚悟した次の瞬間、目の前にあったのは心臓を一突きし、引き抜いているザクトの姿だった。その手は相手の剣を握っており血が滴り落ちている。聞こえてきた鈍い声がホワイトストームの物だと理解するのに時間が掛かり、現状を理解するのにも更に時間が掛かった。

「ザクト様ッ。どうして、何をッ」
「俺は大丈夫だ」
「無茶をなさってっ。ギア、ザクト様の手当てを至急。私とノールはジェスカを運び、治療をします」

手際よく手配するリュシカに私は大丈夫です、と立ち上がろうとしたところでジェスカは意識を失った。






「ジェスカ」
「……リュシカ様。私は。っ、ザクト様はッ」
「落ち着きなさい。貴女はあの後すぐ意識を失ったの。出血が酷かったし、危なかったのよ?ザクト様は手の怪我だけで幸い元気よ。そろそろ生きる覚悟を決めたら?」

孤児院からザッシュが引き取ったジェスカを指導し、面倒を見たのはリュシカだった。飲み込みが早かったのでそれほど苦労はしなかったが、礼儀作法やルール、何より王城に慣れさせるのには多少なりとも苦労した。だからこそ、暗部に入ってからジェスカが死ぬ覚悟をしていることを知っている。それゆえの重みが言葉にあった。

「リュシカ様」
「大事なことよ。……ほら、来客が来たわ」
「ジェスカッ」

小さな子に諭すように言うリュシカを困った顔で見ているジェスカの葛藤をよそに病室に飛び込んできたのはやはりと言うべきか、ザクトだった。手には痛々しく包帯が巻かれているものの、ジェスカのそれに比べればたいしたことはなく。

「ザクト様」
「大丈夫なのか?生きてて、良かった……っ」
「私なんかより、ザクト様のお怪我の方が」
「俺は大丈夫だ。余計な心配をかけた、忘れてくれ。俺よりもジェスカの方が全然重症じゃないか」

そっと労わるように優しくジェスカの肩に手を置くザクトにジェスカは苦しくなって思わず目を背けた。いつの間にかリュシカはいず、室内はザクトとジェスカの二人きりになっていた。勿論、外に護衛はいるのだろうが、それでも今この空気はジェスカには重く泣き出しそうになる。

「どうして、どうして私を庇うような真似をっ、どうしてあんな無茶をなさるのですか……ッ」

悲痛な叫びにザクトはその頭を抱き寄せ、傷に差し支えない程度に優しく背中を叩いた。ザクトにとっては手の傷などどうでもよく、ただジェスカのことだけが心配で勝手に体が動いていたに他ならないのだから何もいえない。ただ。

「ただお前を守りたかった。お前は守りたい、と言うだろうけど俺だって守りたいんだ。だから、どうか命に代えてでも守る、なんて考えないでくれ。気が狂いそうになる」

あまりにも寂しそうに笑うものだからジェスカは小さく頷いてしまった。これが生きる覚悟、と言うものか。何て重く、そして何て嬉しいものなのだろうと。それはジェスカにとってまったく新しい感覚であり、感情だった。今まで生きる覚悟を放棄すると同時に色々なことから逃げていたように思えるほど。だから、このときばかりは素直に言えた、誓えた。

「ユミルも心配してる。呼んでこよう」
「ザクト様」
「どうした?」
「ありがとうございます」

貴方を生きて守り抜いて見せます。最後は言葉にせず、ただ今までにないほど柔らかい笑みで礼を述べるジェスカにザクトは不思議そうに名を呼ばれるまで動くことが出来なかった。





主従関係で主の片思い5題
「余計な心配をかけたな。忘れてくれ。
「どうしてこんな無茶をなさるのですか

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契約破棄 C
隣国ストナの王であるゼノンが第一王子で王位継承者のゼスト、そして王子つきの護衛であるシュマを連れて王室を訪れたのは昼過ぎのことだった。謁見、会議が終わりゼストとシュマの案内を任されたのはジェスカだった。本来はザクトとユミルが案内するはずだったのだが、ユミルに急な謁見が入ってしまった為ジェスカが借り出されたわけだ。だからこそ、思いもしない事態が起きたわけだが。

「お二人は俺と彼女で案内させていただきます。生憎ユミルが出て来れなかったもので」

歳が近いせいか、ザクトとゼストの関係は良好で、言葉もある程度のフランクさがある。ジェスカは二人のやり取りを聞きながら柱から身を出した。

「ジェスカ=エミリアと申します。本日はよろしく――」

腰を折り、頭を上げたところでジェスカの動きが止まった。その目はゼストとシュマへ向いており、丸く見開かれている。

「……ゼス?それに、シュマ……?」
「ジェスカ?」
「え、本当にジェスカ?」

三人が顔を見合わせている中、ザクトはわけが分からずただ成り行きを見ているだけしか出来ずにいた。次に口を開いたのはゼストだった。

「いや、まさかこんなとこで会うとは……何年ぶりだ?」
「16年、か……ですね」
「敬語ヤダ。迎賓命令?」
「……久しぶり。名前見た時まさかとは思ったけど、ほんとに“王子”だったんだ」
「お前失礼な奴だな……」
「ってかジェスカ暗部配属とか言ってなかったっけ?辞めたの?」
「王の計らいで、ね。シュマとは12年ぶりくらい?あのまんまでかくなった?」
「お前なぁ……。っと、ゼスト。ザクト様に説明した方がいいんじゃねぇの?」
「……シュマ、俺一応お前の主なんだけど。まあいいや。彼女が孤児院出なのはご存知で?」

話の展開についていけずにただ見ているだけのザクトに気づいたのシュマで、シュマはおよそ主に対する言葉とは思えない言葉でゼストに説明するよう促す。それを咎めるでもなく、ただ呆れた声で嗜めるとゼストはザクトへと向き直った。頷いたザクトを見て話を進める。

「俺が生まれた時、国は戦争のせいか酷く荒れていましてね。命が危ぶまれたのか、俺は孤児院に預けられました。その時会ったのがジェスカとシュマです。俺は11になる前に反乱も落ち着いてきたのか迎えが来て。ジェスカとシュマは確か13までそこにいて、その後は知っての通りです」
「昔なじみ、幼馴染なんですよ。俺たち」
「2歳になる前に親を亡くしているので家族に近いものです」

ゼスト、シュマ、そしてジェスカに口々に言われ、ザクトは何とも言えない気持ちで納得した。楽しそうな、嬉しそうなそんな見たこともないようなジェスカの表情に感情を酷く乱されていることは間違いない。

「しっかし、泣き虫のジェスカが暗部入りってのも相当な衝撃だったけど今度はメイド?どういう風の吹き回し?」
「シュマ、うるさい。そもそもシュマだってゼスの護衛?ゼスにだけは絶対従わない、とか馬鹿なこと言ってたの誰だっけ」
「間違いなくこの馬鹿だ」
「いつの話だよ!ってかゼストもなんだ、馬鹿って。ザクト王子、こいつきちんと“メイド”してるんですか?物壊したり、夜中に怖いからって夜這いかけられたりしてません?」
「ゼス、この馬鹿解雇しちゃっていいんじゃない?」
「んー、そんな馬鹿でも一応強い方だし、何よりこき使えるし」
「え、そんな理由?っと、ところでザクト王子、今日はユミル王女は一緒では」
「あ、ああ。ユミルはすぐ来るかと。婚礼の儀も兼ねてますからね」
「婚礼の儀……?まさか、ユミル様のお相手、って」
「俺だ」

表情をころころ変えるジェスカに目を奪われている時にいきなり話を振られ、ザクトは焦るもなんなく答えた。滅多に見られないジェスカの表情と雰囲気に歯痒い思いと悔しさに似た感情が沸きあがってきてそれを抑えるのに必死だった。

「……ここになりますね。こちらがシュマ殿のお部屋になります。ゼスト王子には少し離れてはおりますが、ユミルの部屋の近くに部屋を用意しておりますので。何か不自由があればお申し付け下さい」
「ありがとうございます。じゃあ後はジェスカよろしく」
「は?……分かりました。ザクト様、ゼスト王子をよろしくお願いします」





「ザクト王子はジェスカのこと、好きなんですか?」
「そう見えましたか?」

ゼストを部屋に案内している途中、唐突に聞かれ微笑みで返すもその様子にはいつもの余裕は見受けられない。言い逃れを許さない目で真っ直ぐ見てくるゼストにザクトは苦笑混じりに問いに肯定の意を示した。

「彼も、好きなんですか?ジェスカのこと」
「なんでそう思います?」
「勘と、後は時折俺を見る目がとても鋭いものでしたから」
「あいつ……すみません。悪気はないと思います、多分」

何度か会ったことがある程度だったが、ザクトはゼストといる時の空気が嫌いではなかった。責任感があり、地に足がしっかりとついている。ユミルの相手としても、ストナの次期国王としても大丈夫だろうと思わせる雰囲気がゼストからは感じられた。それはゼストも同じようで、ゼストの立場抜きにしてもザクトは好感が持てる相手だった。芯のある強さと人として信頼の置ける器。ジェスカがロージスに引き取られたと聞いた時から心配ではあったが大丈夫だ、と思わせる部分がザクトにはあった。

「いえ。正直、羨ましいですよ。あれだけ感情を表に出して貰えると言うのは。俺は避けられていますから」
「避ける?ジェスカが?」
「ええ。この前なんか立場を考えてくれ、と困らせてしまいましたよ」

ザクトの受け答えにゼストは意味ありげに微笑んでそうですか、と呟くと言及を許さない表情と声音で告げた。

「今晩、テラスにてお話があるのですがよろしいですか?」
「テラス、ですか?」
「ええ。式典の途中に少し生き抜きも兼ねて。どうでしょう?」
「構いませんよ。何時ごろ?」
「では私たちの挨拶が終わってから半刻ほど後で如何でしょう?」
「分かりました。では後ほど」




「シュマ?」
「ほんと、鈍いっつーか、こう言うとこで無防備なの変わんねぇのな」

案内した部屋の中で目の前にシュマ、後ろに壁と言う状況下でジェスカはただ不思議そうに訊ねた。シュマは呆れた声音で言うと近かった距離を更に縮める。分かっていてなのか、本当に分かっていないのか、ジェスカの表情はあまり変わらない。

「その無表情、暗部時代に培ったのか?……ジェスカ、俺のもんになれよ」
「冗談、にしては性質が悪いね」
「冗談のつもりはないし、ザクト王子に渡す気もない。例えお前があっちを好きでも、な」

段々近づいていく距離とシュマの言葉にジェスカはらしくもなくパニックに陥りかけていた。シュマの告白に、ザクトに対するジェスカの気持ちを見透かされていると言う事実。もうすぐ距離はゼロ――その瞬間、扉の開く音がし、更にその音によって完全にパニックに陥ったジェスカの拳が綺麗にシュマの腹部に決まった。

「…………あんまり心配要らなかった、か?」
「ゼ、ゼ、ゼスっ」
「全く。強引に行こうとするからいけないんだって。元国の精鋭部隊――暗部に属してたんだから保身くらい出来るに決まってるのに」

ジェスカの背中を叩き、落ち着かせながら勝手に部屋に入ってきたゼストは酷く呆れた目で痛みに蹲っているシュマを一瞥した。

「ジェスカ、今日話があるんだけど式典中テラスに出てこれる?」
「え?大丈夫だと思うけど、いつ?ってか主賓がいいわけ?」
「生き抜きも必要だろ?俺たちの挨拶が終わって半刻したくらいかな」
「分かった」

蹲るシュマをその場に残して、ゼストはジェスカを連れて部屋を出て行った。




普段より着飾ったユミルとゼストが壇上に上がるとどこからともなく歓声が上がった。感嘆の声も上がり、それほどまでにユミルとゼストは美しく、またお似合いだった。普段のやんちゃさは鳴りを潜めていて、どこからどう見ても立派な淑女と紳士だった。挨拶が終わり、他国の上層部などと軽やかに言葉を交わしているところを見ていると別人のようだ。

「まるで別人みたいだな」
「本当に。でも少し寂しいかも。ユミル様、ゼスト王子に取られたみたいで」

壁際で待機しながら、ジェスカはシュマと本当に小さな声で話していた。それでも、誰かに万一聞かれても焦らないように、と呼び方だけは気をつけている。

「来ればいいんじゃねぇの?ストナ<うち>に。そうすれば俺も口説きやすいし?」
「そういうわけにも行かないでしょ」

溜め息交じりに返すジェスカの格好はいつものメイドの格好とは違い、いつものそれより上等な物だと一目で分かるものだった。と言うのも、今回はユミルの護衛も兼ねているからだった。ジェスカとリュシカ、それとあと数名、会場の護衛に当たっている。

「しかし、今日は随分綺麗にしてるんだな」
「場が場だから。っと、ごめん。一旦抜ける」
「ゼスト?」
「そ。一緒に出て行っても不自然だし」
「仕事はいいのか?」
「リュシカ様に言ってあるから」

ゼストの目論見に気づいているシュマは面白くなさそうにその後姿を見送った。本当なら着いていきたいが、ゼストの護衛としてそれは許されないし周りの信用を失いかねないので何とかその場に踏み止まる。ジェスカが見えなくなるとその視線を今度はゼストとザクトの方にやる。

「ザクト王子、この前言っていたあれ、是非お目にかかりたいのですが」
「あれ、ですか?」
「ええ」

突然のことゼストの言葉に身に覚えのないザクトは一瞬焦るも、ゼストの目線が出て行ったジェスカを追っているのに気づき気を利かせてくれているのだと瞬時に理解し、表情を和らげた。

「ああ、あれですか」
「あら、でもお兄様随分と大切になさってるからすぐには出せないんじゃなくて?」
「そうですね、お待ちしていただくことになりますがよろしいですか?宴もまだ始まったばかりですし、取りに行っている間ごゆるりとお楽しみ頂ければ」
「お心遣い感謝します。わざわざすみません、我儘言って」
「いえ。これから妹が迷惑をかけると思いますけどよろしくお願いします」
「酷いわ、お兄様ったら」
「では、また後ほど」

傍から聞いていれば違和感など感じない、それこそゼストの目論見を知るシュマとザクトをよく知るザッシュぐらいしか違和感を感じないだろうやり取りの後、ザクトは何の焦りも戸惑いも見せず優雅に会場を出て行った。リュシカには目で追うなと伝えている辺り、本気なことが伺える。その様子を見て内心舌打ちをし、自分の気分を紛らわすようにシュマは近くの水を口にした。





「ゼス、抜けられないのかな……」

中々来ないゼストにジェスカは退屈そうに手すりに体重を預ける。下を覗き込めば見事な庭園が広がっていて今更ながら自分の立場と言うものを思い知らされるようで目を瞑った。その時、人の気配を感じ振り返ると丁度テラスに出てくるザクトの姿があった。

「ジェスカ」
「……どうして、ザクト様が?」
「ゼスト王子が気を利かせてくれた」
「ゼスの奴……」

小さく漏らしたジェスカにいつもと雰囲気が違うせいか、ザクトは我慢ならずその体を引き寄せた。それには流石のジェスカも驚いたらしく必死に離れようとする。しかし、ザクトの力は予想以上に強く中々離れてはくれない。

「ザクト様、このようなところ、誰かに見られたら……ッ」
「――俺の、俺の知らないジェスカばかりで怖くなった」

耳元で囁かれ脳にダイレクトに届く声に甘さを感じながら、必死でそれを振り払い何とか冷静さを保とうとするジェスカの心を知る由もなく、ザクトはそっとジェスカを離すと真っ直ぐに問いかける。

「ゼスト王子たちの前ではあんなに表情を変えるのに。お前にとって俺は単に『主』にすぎないのか?」

それは多分、すべての可能性を打ち消す問いかけであり、ジェスカに避けられていると信じて疑わないザクトにとっては最大の賭けでもあった。ここではっきりと拒絶の言葉を紡がれたならきっぱり諦めて他の縁談を受けようと決めていた。ザクトの何かしらの覚悟を悟ったのか、ジェスカは離されても逃げず、また逃げられずにいた。ザクトの問いかけに、ユミルに言われた言葉が頭の中で思い出される。

『自分に嘘だけは吐かないで』

だから慎重に言葉を選んで答える。

「ゼスとシュマは私にとっては王子である前に幼馴染です。一人の人間として出会い、幼馴染として長く過ごした後に王子となった。けど、貴方は。私にとって一人の人間である前に『主』なのです。『主』でなければいけないのです。『主』として見れなくなったらそれは私が仕事を失う、と言うことになります」
「仕事を失う?何故」
「それはご自分でお考え下さい。――失礼します」

言うだけ言うと、ジェスカは一言言い置き、テラスから出て行った。その意味を何となく理解するも、深い意味があるのかないのか計り兼ねてザクトは頭を悩ませた。
少しして、遅いザクトを探しに来たユミルに小言を言われるもザクトの頭には入って来ず、ひたすらその真意を探していた。




主従関係で主の片思い5題
「お前にとって私は単に「主」にすぎないのか?
「私にとって一人の人間である前に「主」なのです

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契約破棄 B
ジェスカは自分が何故ザクトに気に入られたのか、全くと言っていいほど身に覚えがなかった。ザクトに声を掛けられたのは3年前、丁度暗部を辞めメイドとして働くことになった最初の日だった。誰が自分のことを話したのか、とは言うものの思い当たる節がそう多くあるわけでもなく、ユミルから聞いてたのだろうと決め付けた。しかしながら、話でしか聞いたことのない女をそう簡単に信用していいのかと不安にもなったのだが。

「ジェスカ=エミリア、ってお前だよな」
「はい、そうですが。何か御用でしょうか?」

最初に声をかけられた時には誰だこの偉そうな奴、と思ったが声の主がザクトだと気づきジェスカは一瞬にして雰囲気を王族に対するものに変えた。警戒している張り詰めたものではなく、受け入れ態勢へ。

「話は聞いてる。俺は――」
「ザクト様、ですよね?存じ上げております」
「そうか。なら良いんだ。今日からよろしくな」
 「よろしくお願いいたします」

時期が時期なだけに第一王子であるザクトの噂は絶えなかった。信憑性のあるものからないものまで、明らかなでっち上げもあれば真相が不明なものも。実力があるのはそれまで兵士の命を犠牲に鍛えてきたからだ、だとかメイド全員手篭めにした、だとか、実は物凄く根暗だとか、シスコンだとか。どれも下らないものばかりだったが、一つ確かなのは次期国王であり、着任までそう遠くはない、と言うことだ。
ジェスカ自身、王やユミルからその実力は聞いていたし実際に見たことだってある。だからこそその実力が本物であることは知っていた。王としての器、技量があるかどうかが一番の心配事だったのでそれ以外のことはどうでもよかった。どうでもよくてもジェスカの場合、職業病とでも言おうか、情報に関しては抜け目なくどんなものでも集めてはいた。だからこそ、今回人懐こい笑みと共に声を掛けられたのもメイド云々の噂が事実だったのか、と思ったのだが。

「何かついてますか?」
「ああ、悪いな。別に」
「……ユミル様は私の事をどのように?」
「は?ユミル?」

てっきりユミルから聞いていたものとばかり思っていたのでジェスカにとってザクトの反応は予想外のものだった、と同様にザクトにとってもジェスカの発言は意外なものだった。

「ユミル様から私のことを聞かれたのでは?」
「ユミルは何も教えてくれなかったよ。俺に取られるから嫌だ、ってさ。父上から聞いた。“とても優秀だけどどこか一風変わった子が今度王室つきのメイドとして入る”、って」
「王が……」

どこか考えた風にしてるジェスカをザクトはまた興味深そうに眺めていた。それに気づかぬジェスカではないがあえて気づかないふりをする。王がわざわざそう告げるなど考えられない。

「ジェスカ」
「ザッシュ様。……それではザクト様、失礼させて頂きます」




「父上が誰かのことを楽しそうに話すなんて滅多にないからどんな奴か気になった。しかも、話を聞けば今度メイドになる女だって言う。あのユミルが気に入り、父上もが気に入っている女がどんな奴か気になった」
「それではさぞがっかりなさったでしょう」
「いや、正直面白い、って思ったよ。雰囲気がらりと変わるし、変えるし、媚びずに真っ直ぐ俺を見る」
「生意気だと」
「そうじゃない。だから惹かれたんだ。……ジェスカ、ずっと俺の隣にいてくれ」

ザクトの言葉はその瞳同様に真っ直ぐで逃げ場がない。それに怯むことなくジェスカもザクトを真っ直ぐに見つめ、何の裏もない言葉を口にする。それがザクトにとって嬉しいことだと言うことをジェスカは知らない。

「ザクト様がお呼びになられれば馳せ参じます。私は王室つきのメイドですから」

ザクトの言葉の真意をしっかりと悟りながらもジェスカは核心に触れるような返答はせず真意を思い切り無視して返した。それはジェスカの防衛策である。踏み込ませないための、心中を悟らせないための。心証を悪くする相手がたとえ王子であろうとそれは変わらない。

「そういうことを言ってるんじゃない、分かってるだろう。俺が欲しいのはそんな答えじゃない」
「私は給仕でザクト様は王子。ご自分の立場もですが、どうか私の立場もお考え下さい」

ザクトの言葉にジェスカは反論するも、その言い分はもっともだった。王子がメイドを皇室にしようとする、そんなことが明るみに出れば叩かれるのはザクトではなく間違いなくジェスカだ。取り入った、色仕掛け、脅したなどやっかまれるのは免れない。いくら平穏だとは言ってもザクトに憧れ、恋い慕う者も少なくない。口にはしないが、自分の身くらい自分でジェスカは守れる、けれど自分のせいでザクトが悪く言われるのは我慢ならなかった。

「俺が王子を辞める、って言ったらどうするんだ」
「敬遠します。ザクト様はそんな無責任な方ではありません。ご自身の立場をしっかり理解なさっていて、責任感も強く、人への配慮が出来る方だと存じておりますしそのような方だからこそお仕え出来るのですから」
「……ジェスカはずるいな」

ザクトの痛切な呟きにジェスカは答えずただ曖昧に微笑んで見せた。ずるい言い回しを使っていることはジェスカ自体分かっているし、分かった上で尚も使っているのだ。ずるいと言われても仕方がない。

「ザクト様。5日後のパーティー、お忘れになりませぬようお願いいたします」
「ああ、分かってるよ。引き止めて悪かった。おやすみ」
「おやすみなさいませ」

それ以上の言及は無駄だと思ったのだろう、ザクトはそっとその頭を撫でると颯爽とその場を去った。残されたジェスカは空に浮かぶ朧月を見ながら辛そうに拳を強く握り締めた。




主従関係で主の片思い5題
「私が欲しいのはそんな答えではない。
「どうか私の立場もお考えください

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契約破棄 A
 隣国との平和協定が結ばれてから日は浅いものの、国は平和だった。無駄な争いも諍いも、何かを失うことに対する憂いや恐怖もなくなり胸を撫で下ろし、安心 して生活を送れるようになったからだ。
勿論、それは街だけでなく王城内も例外ではなく。それなのに、ジェスカの心中は平穏とは極めて遠いものだった。ジェスカ=エミリア、今年で26になる。先 の戦で親族を亡くし、身寄りをすべて失い孤児として生きてきた。15から8年間、精鋭部隊――通称暗部で国の為に働いてきたが3年前に暗部を退役させられ 今は王室つきのメイドとして働いている。メイドとして3年目、ジェスカのペースを乱しているのは間違いなく目の前にいる男だった。

「今日もユミルのところか?」
「お呼びが掛かっておりますので」
「俺の呼び掛けには中々応じてくれないくせに?」
「リュシカ様がおりますでしょう?――ザクト様」

ジェスカの仕事の邪魔はしないが、何かと話しかけてくる男の名をザクトと言い、ザクト=ロージス=ハルク、紛れもないこの国の王子、それも正統な王位継承 者の第一王子だ。今年で28となるザクトは平和協定調停の暗躍者であり、結ばれて以降まことしやかに着任間近だと囁かれている張本人である。
ジェスカの仕事は王室のメイドとしての給仕で、特に第二王女であるユミルの面倒を任されてはいるが、決してザクトの側仕えではない。

「……ザクト様、それではユミル様のところへ行けません」
「ユミルには俺が言っとくから、俺のところ来てよ」
「ザクト様。御用がおありならリュシカ様のほうが上手く立ち回ってくださるかと」
「ジェスカ」

強く名前を呼ばれれば押し黙るしかない。他人がただ聞けば恋慕からとか畏怖から、と思うかも知れないがジェスカの場合は純粋に立場からだ。主人の命には逆らえない、それは暗部所属の時もメイドの時も変わらない。

「俺の気持ちを考えてくれたことないだろ」
「お気持ちを?私如きにザクト様の崇高なお考えが分かるはずありません。お立場なら何度も」
「本当に。その話術も暗部時代に培ったものか?」
「どうでしょう。私自身あまりそう認識したことがないものですから」

ああ言えばこう言う、ジェスカにザクトは深く溜め息を吐いた。立場を考慮しながらも決して自分の不利になるような受け答えはしないジェスカにザクトは一度も勝てた試しがない。

「ジェスカ、俺はお前が好きだ。家族愛じゃない、恋慕の意味で、だ」
「お戯れを」
「冗談だと思っているな」
「滅相もございません」
「馬鹿な真似をと思ってるんだろう?俺は本気だ」
「錯覚、気のせいですよ。一時の気の迷いに流されてはいけません」
「ジェスカ」
「……お兄様、そこまでにしておいては如何かしら。ジェスカが困ってるわ」

ジェスカが無言になるのを待っていたかのようなタイミングで聞こえてきた言葉に一瞬、ザクトは肩を小さく揺らした。平静を装い声がした方を振り返ると、ブロンズの髪に碧眼の美女が壁を背に佇んでいた。上質だと一目で分かる衣服を身につけ、ふわりとしたロングスカートなのにもかかわらずわざとらしく腕を組み、壁に背を預けてる様子はどこか似つかわしくない。

「ユミル様、その様な格好は如何かと」
「あら、これジェスカの真似よ?」
「私の?」
「昔の写真をお父様に見せて頂いたの。すっごくカッコよかったわ」
「何でそんなものが、まだっ」
「ふふふ、秘密。ねえ、お兄様。酷くないかしら、ジェスカは私と約束してるのに邪魔して横取りしようだなんて、あんまりじゃありません?」

珍しく少し焦るジェスカに小さく笑った後、ザクトに妖艶な笑みを向けて脅すかのような言い方をする女性こそジェスカの先約の相手にして第二王女・ユミル=ロージス=ハルク、その人であり、弱冠22歳にして、国の策士ですら認めるほどの頭脳の持ち主である。

「ユミル、いつから」
「さっきですわ」
「……最初からいらっしゃいましたよね?」
「やっぱ気づいてた?」
「一応」

ユミルの嘘にも動じることなくジェスカはわざとらしく呆れ顔でユミルを見るも、ユミルは気にした風もなく微笑み返す。ユミルとジェスカの付き合いはザクトとジェスカの付き合いに比べ大分長い。と言うのも、暗部時代、ジェスカの任務にユミルの護衛が含まれていたからだ。無論、名前と素顔を晒したのは暗部を抜けた後ではある。

「お兄様もジェスカには勝てないようね」
「ザクト様のほうが実力は上ですよ。私はただ気配に多少敏感なだけで」
「……で、ユミル。何か用があったんじゃないのか?」
「そう、来週ゼノン様がお見えになられるそうです」
「隣国の?」
「ええ。懇親パーティーを開くとお父様が仰ってらしたし。その件でお父様がお話がある、と」
「分かった。――ジェスカ、真剣に考えてくれ」

ユミルの言葉にザクトは一瞬で“王子”の顔になった。ジェスカを見て一言言い残すと足早に王室に向かって行った。
残されたジェスカはと言うと小難しい顔をしてその背中を見送っていた。

「ジェスカ、あんまり考え込まなくていいからね」
「ユミル様」
「ただ、自分に嘘だけは吐かないで」
「……分かりました」

ユミルに促されその場を後にするも、その表情にいつもの凛々しさは感じられず、どこか浮かない表情だった。

 


主従関係で主の片思い5題
馬鹿な真似だと思うだろう? 私は本気だ。
一時の気の迷いに流されてはいけません
 確かに恋だった様より拝借
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